持ち前の運の良さと要領のよさで数々の困難をヌメリヌメリとかいくぐる社会人。このブログを見てくれたすべての人にありがとう☆★コメントを残していただければ幸いです!(パスワードは適当な半角数字でOKです)


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身を滅ぼす前に~マカオ・香港2日目後半~

6月16日後半

マカオと言えば『カジノ』

半日で一周できるような狭い島の中に、18ヵ所の公認カジノがあって、東洋最大のカジノも存在する。

マカオに来てしまったことは予定外の事だったが、来たからにはカジノには行かねばならない。





しかしカジノなんて、スーツなんか着てかしこまった感じじゃないと入れないんじゃないのか!?

身なりの汚い日本人を入れてくれるのか?

そんな心配はここマカオでは不要。

短パン・サンダル以外なら誰でも入れてしまうのである。

そしてさらにうれしいことに、その営業時間はすべて24時間。

もしかしたら、マカオの住民はコンビニ感覚でカジノに行くんじゃないのかと思ってしまう手軽さである。





18ヶ所もあるカジノのうち、どこに行けばいいのか普通は迷ってしまうが、

マカオに来る前から、『もしマカオに行ったらこのカジノへ行こう!』と決めていたカジノがあった。

それは、

『ホテル・リスボア』

沢木耕太郎が"大小"という博打にはまったリスボアホテルのカジノである。





大小とは簡単に言うと、3つのサイコロを振り、足した数が半分より大きいか小さいかを賭けるゲーム。

大きい小さいの他にも、数字をぴったり当てる賭け方もあり、賭け方により倍率も変わってくるというもの。

沢木さんはこの大小に魅せられて毎日リスボア・ホテルに通うことになるのである。





街の中心地から10分ほど歩いた海沿いの辺りにリスボア・ホテルはあった。

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娯楽場=カジノ。

ついにカジノに来てしまったのだ。

逸る気持ちを抑えつつ入り口をくぐり、大きなリュックをクロークに預ける。

そして厳重な身体チェックを済ませて中に入った瞬間、心が踊った。

平日の真昼間だというのに、人、人、人・・・

サラリーマン風の男から、飲み屋に入り浸ってそうなオヤジ、マカオ風大阪のおばちゃんまで。

大小、バカラ、ブラックジャック・・・

どこのテーブルも人で溢れかえっている。

こんなにいろんな人がいるのに、共通して言えることはみながテーブルにしがみつくように熱中し、その結果に一喜一憂している姿。

これがカジノか。

早くこの大勢の中の一員になりたい。





しかし焦ってすぐゲームに参加してはきっと大損してしまうだろう。

そう考えた自分は、ゲームの詳細もわからないことだし、しばらくは第3者として眺めることにした。





1~2時間ほど見学した後で、これなら勝てるかもしれないと思ったゲームをやることに。

それは、

『ブラックジャック』

トランプを引き、足した合計が21に近いひとが勝つという、日本でもお馴染みのゲームである。




しばらく眺めた結果、ここでのブラックジャックのルールはこんな具合であるようだ。

①ディーラーが客と自分に2枚ずつカードを配る。
②その2枚はすべてオープンにし、3枚目のカードをもらうかどうか決める。
③10以上(10、ジャック、クウィーン、キング)はすべて10としてカウントする。
④1は1でも11でもカウントできる。
⑤当然21オーバーは即負け。
⑥ディーラーに勝てば掛け金の2倍額がもらえる。
⑦第3者や他のプレイヤーが、あるプレイヤーに賭けることもできる。
⑧プレイヤーの参加可能人数は最大7人。





さっそく現金をカジノチップに変換し、運命を決めるテーブルを選び始める。

先ほど見学していた客のたくさんいるテーブルは避け、全く客がいないテーブルで始めることにした。

退屈そうにカードをきっていた2人組のおばさんディーラーが、客が来るなり急にポーカーフェイスになる。

さすが。

パブロフの犬の条件反射のごとく、客が来ると一瞬にして勝負の顔になるのが、プロ意識の現われのようであった。





掛け金は最低200HK$から。

自分の変換したカジノチップは500HK$。

まずは当然200HK$から賭けるぞ、という気持ちを全面に出して、ドン!とチップを置く。

機械の中から出てくる2枚のカードを手にした自分は、心の中で叫んだ。

『勝った!!』

2枚のカードの合計は20だったのである。

ディーラーのカードは2枚で15。

当然、自分はもう1枚のカードを引く権利を放棄する。

当然、ディーラーはカードを引く。

結果10のカードが出たディーラーは、合計が25になり敗北。

記念すべきカジノデビューを勝利で飾り、700HK$に。

幸先の良いスタートである。





2試合目も勝ち、900HK$になり、心の中は有頂天。

喜びを顔に出さないように必死ではあるものの、たった5分ほどの2試合で、

400HK$(=6400円)ほど儲けてしまったのである。





よし、この調子で行くぞ、と思った時、後ろで見物していたオヤジが参戦してきた。

このオヤジに運気を取られたのか、その後は勝つ、負けるが一進一退するようになった。

そしてさらにはオバちゃん3人組まで参加してきた。

その中の1人が、ちゃんとルールがわかってるのか、このオバちゃん!

と思わせるほど手つきがのろく、さらには優柔不断さで場をイライラさせる。

これで心が乱されたのか、負けこむようになってきてしまった。

2時間ほどやったであろうか、最初に変換した500HK$はきれいさっぱりなくなってしまった。





しかしこれで引き下がるわけにはいかない。

さらに500HK$を変換し、同じテーブルで勝負を挑む。

少し席を空けた間に、2人組みのおばさんディーラーが役回りを交換し、さっきまでは横に座っているだけだった方がディーラーになっていた。

よし、ディーラーも代わったことだし、これで運気が自分の方に回ってくるはずだ!

と思ったのが大きな間違いだった。

このディーラーはとんでもなく強かった。

こっちの合計が21になり勝利を確信しても、ディーラーも21を出してくる。

掛け金を大きくすると、ディーラーが勝つ。

そうしているうちに、今度は20分ほどでカジノチップが無一文になってしまった。





これで最初にやったマシーンポーカーの100HK$と併せて、すでに1100HK$(=17600円)の負けである。

ここでムキになっても負けだ。

そう思いつつも、次は勝てるはずだという思いと、カードをめくる瞬間のスリルにすっかり虜になってしまった自分は、気がつけばもう500HK$をカジノチップに変換していた。

今度こそは!

再々チャレンジで、同じテーブルに向かった。

さっきのディーラーが強いことに他の客も気付いたのか、さっきまでいた客たちの姿は消えており、

最初に始めた時と同じく、テーブルにはディーラーと自分だけの状態になってしまった。





他に客がいなかったせいもあるのか、

性懲りもなくやって自分に対して、先ほどまでポーカーフェイスだったディーラーの顔に笑みが浮かんだ。

そしておもむろにさっき変換してきた500HK$を全額賭けろと支持してくる。

え?信じていいものなのか?

躊躇する自分を半ば強引に全額を賭けさせる。

そして引いた2枚のカードの合計は16。

ディーラーは15。

俺にはもう引くなと言い、ディーラーはもう1枚のカードを引く。

結果ディーラーの合計は25オーバーとなり、俺の勝利。

あっという間に1000HK$になってしまった。





ほほう。

俺を勝たせてくれるのか!

カジノにはまりつつある身なりの汚い外国人の若者を不憫に思ったのか。

それとも長い間自分のテーブルでプレイしてくれる俺に対して愛着が沸いてきたのか。

どちらにせよ彼女達の緩んだ表情は、明らかに客と勝負する構えではなくなっていた。





それから2,3試合は自分でやってみろと言わんばかりに無言になり勝負を続ける。

少しだけ浮いて1100HK$になったところで、テーブルに他の客がやって来た。

するとディーラーの顔が再び"勝負の顔"になったのである。

それでも俺を勝たせようとする気持ちは残っていたのか、密かにアイコンタクトで支持を送るディーラーに気付いた。

全神経をディーラーの表情に集中させ、ゲームを続ける。

後入りの客は負け、俺が勝つ。

そんな状況が続いた。





そしてその様子に気付いた第3者の見物人が、自分は参加せずに俺に金額を賭けるようになった。

それでも勝った。

俺のカジノチップが1600HK$になったところでディーラーが声をかけてきた。

『今日はいくらカジノでつぎ込んだの?』

『1600HK$。だから今でイーブンだよ。』

『勝ちたい?』

『もちろん!』

そう言って次の勝負を開始した。

しかし今度はディーラーは何も合図を送ってくれない。

その様子は独り立ちするひな鳥を黙って見守る親鳥のようでもあった。

彼女達の意思をくみ取り、200HK$を払い、自分1人の力で勝負に出る。

結果は、勝利。

合計1800$、すべての収支が+200Hk$となった所で、

彼女たちに目でお礼を言い、このテーブルを後にすることにした。





そして帰り間際、沢木さんのはまった大小も経験しておこうという気持ちから、200HK$を賭けることにした。

負ければ今日一日の収支は0。

勝てば+400HK$。

今のこの状況ならどっちに転んでも満足できる。

そう思い、大勢の客が賭けていた大とは反対の小に賭けた。

結果は勝利。

結局5時間ほど遊んで+400HK$(=6400円)となったのである。

プラスになったことに満足したのではなく、ディーラーと心の会話をし、駆け引きを楽しんだことに十分満足していた。

そう思った自分は、カジノを出ることにした。





カジノを出ると、緊張の糸が切れたようにどっと疲れが出てきた。

テーブル上のカードに集中し続けて5時間。

疲れるのも当然である。

そしてよくよく考えると、最低賭け金が200HK$って日本円で考えると3200円と言うことに気付く。

恐ろしいことである。

そしてあのディーラーの好意がなかったら・・・・

考えただけでもぞっとする。

次こそは!という気持ちが、自分をどんどん深みに追い込ませていく。

人はこうやってギャンブルにのめり込んでいくのか。

引き際の大切さを失っていた自分はディーラーに助けられた。

そして博才の無さをディーラーが教えてくれたような気もした。





夜になってその風貌に華麗さを増したリスボア・ホテル眺めていたら、もうここには思い残すことはないような気分になっていた。

そう思って、マカオを後にすることにした。

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香港へ向かうフェリーの中、自分にしては珍しく

これから向かう新しい街への期待よりも楽しかったマカオを去る悲しみの方が大きいことに気付いた。

それだけマカオは自分にとって刺激的な街であったのかもしれない。

カジノに限ったことではなく、街並み・風景も。

たった1日だけだったが、深い思い出になる街になった。

またここに来よう。

思い残すことはない!と思って後にしたマカオであったが、離れるとなるとそんな思いが沸き上がって来た。



そんな名残惜しさも虚しく、フェリーは香港に向けて夜の海を淡々と進んで行くのであった。
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by mitsuhi-low | 2006-06-28 04:33 | ☆★海外旅行☆★

東洋と西洋の融合する地~マカオ・香港2日目前半~

6月16日前半

a.m.9:00

ヨーロッパさながらのマカオの街並みを楽しみつつ歩いていた。

ドッグレースは見れなかったものの、せっかく来たマカオを思いっきり満喫しよう!

そう思った昨夜。

苦手な早起きも旅先では苦にならず、この時間にはすでに動き出していた。





マカオと言っても馴染みの薄い人が多いかもしれないので、簡単に歴史的背景を紹介。

1517年 ポルトガル人広東来航
1557年 ポルトガル、マカオに永久居留権を獲得
1862年 天津条約で中国、マカオがポルトガル植民地であることを承認
1949年 中華人民共和国成立
1999年 マカオ返還、中華人民共和国澳門(=マカオ)特別行政区成立
2005年 マカオ歴史街地区として22の史跡・8つの広場を世界文化遺産に登録。





『世界遺産』という言葉にめっぽう弱い自分。

そりゃあ30もの世界文化遺産があれば、自然と早起きしますとも。






早起きは三文の得。

同じ晴れでも午前中独特のさわやかな青空で引き立つ綺麗な街並み。

これがポルトガルなのかと想像をかき立ててくれる。

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こんな街並みを歩きながら、まずは

聖ローレンス教会→聖ヨセフ教会→聖ヨセフ修道院→ロバート・ホートン図書館→聖オーガスチン教会へ。

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写真は聖ローレンス教会。数多くあるマカオの教会の中でも、最も華麗と言われている。





市街地から少し離れた教会群を見た後は、街の中心であるそしてセナド広場へ。

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もう街の建物すべてが素敵で心が踊ってしまう。

建物の綺麗さだけでなく待ちの空気もいい。

歩いてるだけで楽しめる街。

それがマカオなのかもしれない。

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f0065556_18443.jpgf0065556_1818100.jpgf0065556_191184.jpgf0065556_1122347.jpg
セナド広場付近を歩いて、再び教会へ。

今度は大堂(カテドラル)と呼ばれている教会。

これも立派である。

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大堂を見た後は、セナド広場付近を少し離れてモンテの砦へ。

昔は最強の砦として知られていたここは、今でもたくさんの砲台が残っていた。

その中のひとつでパシャリ。

今回初めての自分入り写真。

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険しい坂を上ってモンテの砦まで来たのはいいが、砦の向こう側にはエスカレーターがあってちょっとげんなり。

でも最初からこのエスカレーターの存在を知っていたら、

あの険しい坂道を体験することもできなかったろう。

砦を攻め入る敵軍のつらさも味わえなかったろう。

プラス思考プラス思考。





そしてそのエスカレーターの先には、マカオで最も有名な聖ポール天主堂跡が。

意外なところで一番見たかった所に出くわした。

ここは、"跡"ってとこがミソ。

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火事で大部分が消失し、壁面だけが残っている。

壁面だけでもこの壮大さ。

すべてが残っていればどんなにすばらしいものだったろう。

想像をかき立てる。

でもこういう形で奇跡的に残っているからこそ有名なのかもしれない、とも思った。





よし、怒涛のごとく観光をして気付けば昼時。

当然お腹も空いてくる。

セナド広場付近に戻り、おいしそうな店にでも入ろうかと思っていると、

このヨーロッパ風の小奇麗な街並みの一角でいかにもアジアっぽい路面店を発見。

人の良さそうな店主にも惹かれてそこで食べることにした。

メニューの漢字が全くわからないが、なんとなく牛肉の入った麺だろうと思えるものを注文。

予想通りのメニューであったが、期待以上の肉の多さとうまさと安さに感動。

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なんとこれで9.5HK$(=150円)。

うまさ安さにうれしくなり、

『おっちゃんうまかったぜ!』

と日本語で叫び、おっちゃんの写真を撮らせてもらう。

ちょっと照れながらも喜んで写ってくれた。

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アジアな麺を楽しんだ次は、

セナド広場にあるポルトガルカフェ通りで。

カフェマニアとしては是非ここに行っとくべきだと思っていた。

通りに並ぶいくつものカフェの中から選んだ一軒が、

『ショコラカフェ』

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f0065556_159991.jpg戦場に出る前の束の間の休憩。

次なる目的地は戦場:カジノ。

勝手も負けてもいい。

雰囲気を味わいたい。

どんな結果になるのか。

これから向かう戦場に向けて、大好きなアイスコーヒーと、大好きなエッグタルトでエネルギーを補充したのだった。
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by mitsuhi-low | 2006-06-23 02:05 | ☆★海外旅行☆★

沢木耕太郎の足取りをたどるべく~マカオ・香港1日目~

6月15日

"インドからロンドンまで乗り合いバスで行く"

ある日そう思い立った26歳の<私>は、仕事をすべて投げ出して旅に出た。





f0065556_32445.jpgもうおわかりの方もいると思いますが、そう、<私>とは沢木耕太郎。

かの有名な、彼自身のノンフィクションの紀行文:『深夜特急』の始まりである。

今やバックパッカーの間ではバイブル的な存在にもなっているこの本。

もちろん、自分もこの本に魅了された者たちのうちの一人。





沢木さんは、途中立ち寄った香港の熱気に酔いしれ、思わず長居をしてしまったのだが、

冒頭にも書いた"インドからロンドンまで乗り合いバスで行く"という偉業を成し遂げてからも

その香港の良さを強調していた。





そんな沢木さんを魅了した香港の熱気とはどんなものなのか?

その熱気を感じてみたい。

いつかは行かなければ。

そう常々思っていたのだ。





その思いにさらに火をつけてくれたのがある友人の存在。

中学時代からの長い付き合いの友人が、3月から香港に住み始めたのである。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




5月末のこと。

『来月香港に行こうかな。』

そう友人に洩らしたところ、6月の第3週の週末は連休とのこと。

そうとは言え、先月インドにいたばかりであった自分。

友人には近いうちに決めるとは言ったものの、なかなかチケットを取るまで踏み切れなかった。





『7月にしよう。』

心の中でそう思い始めた6月の2週目のことである。





『来週末が連休か。一週間前ってチケットが取れるものなのかな?』

不覚にもこう思ってしまったことが悲劇の始まりであった。





こんな時代に生まれた自分は不幸なのかもしれない。

インターネットという文明の利器で簡単に見ることができる空席情報。

まずは問い合わせるつもりで項目に記入。

そして。

"ポチっ"と。

これでチケットの予約は完了というわけ。





今回の旅の始まりはこんな悲劇と喜劇のコラボレーション。

待ちに待った香港である。




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あれよあれよという間にチケット確保から一週間を経て、気がつけば飛行機の中。

いつもの如く、もちろんノープラン。

飛行機の中で始めてまともに見始めたガイドブック。

さてどうするか。

沢木さんの足取りをたどってみようか。

だったらマカオにも行くべきなのか。

でも時間がなさ過ぎる。

そう思いながらガイドブックのマカオのページをめくる。





世界遺産の歴史地区、政府公認のカジノ、フェリーで約1時間・・・・・

確かに魅力的な文句がたくさん並んでいるが、この短期間で行くにはなぁ。

正直厳しいだろうと諦めかけたその時であった。

自分の眼に飛び込んできた衝撃の活字。



『ドッグレース:毎週木・土・日曜夜開催』



今日は木曜日。

即決であった。





空港を降りてすぐ、マカオへのフェリーが運航している中環へと向かった。

ここで初めて知ったのであるが、

香港とマカオの行き来には、パスポートが必要なのだという。

もちろん常に携帯しているものなので全く問題がなかったが、

同じ中国特別行政区でも、全く違うものなのであることを知った。





マカオへは本当に1時間ほどで到着。

時計の針はすでに夜の11時をまわっていた。

焦る気持ちですぐに宿を決め、ドッグレース場を探す。





f0065556_10304968.jpgしかしここで1つ、重大な問題点に気付てしまった。

致命的な問題である。

そう、お気づきの方もいるでしょうが、自分は極度の方向音痴。

新しい街へ来てスムーズに目的地に向かおうなど不可能なこと。

ましてやこんな夜中である。

地図上で決定的な目印になる店も空いているはずもなかった。

さらには新しい街の目新しい物に好奇心が向いてしまいまっすぐ歩けない。

案の定、1時間ほどさまよった結果、宿近くへ舞い戻る。





すでに時計の針は0時をまわっていた。

ふりだしに戻る、か。

初めて訪れた街を夜中に迷いながら歩く。

そしてもし見つかったとしてもこんな夜中までドッグレースなるものがやっているのか?

そう考えていたら一時の熱意も冷め、宿に戻ることにした。





勢いだけでここまできてしまったが、ドッグレースにいけなかったことで一気に疲れが出た。

戻った宿では、階段にいる売春婦が声をかけてきた。





そう、ここは売春宿も兼ねたホテル。

ガイドブックにも書いてあったが、マカオでは売春宿を兼ねたホテルも少なくないらしい。

こういうケースで声をかけられる時、彼女たちの決まった第一声が

『日本人?』

である。

自分は海外に行くとよく韓国人かと聞かれることが多いが、

売春婦やその客引きからは必ずといっていいほど日本人かと聞かれる。

それだけ日本人が"女を買う"ということに関して、東南アジアではいいお客になっているのであろう。

憤慨な事実である。





声をかけてきてくれた売春婦に、

『ごめん、そういう気は全くないんだ。』

疲れきった顔でこう答えるとそれ以上しつこく声をかけることもなかった。





部屋に戻り、明日からのことを考える。

勢いだけできてしまったマカオ。

せっかくだから明日はマカオを満喫しよう。

そうだ、カジノ!

カジノには行かなければ。

カジノでの一攫千金を夢見て、初日の夜は過ぎていったのだった。
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by mitsuhi-low | 2006-06-21 10:49 | ☆★海外旅行☆★

チームの絆~インド7日目~

5月19日

2時、3時であろうか。

恐ろしいほどの寒気とともに目が覚めた。

さらに止まらない震え。

今までに感じたことのない激しい震えであった。

この非常事態にとにかく今は寝るしかないと頑張ってみるものの全く眠れない。

1時間以上震えていただろうか?

震えも止まった記憶もないまま眠りにつき、気付けば朝を迎えていた。





朝を迎えても状況は悪化するのみ。

震えは止まったものの、激しいだるさと関節痛、明らかな高熱。

まともに歩けない状態。

前夜から体調を崩していたmskよりさらに悪い状態になってしまった。





今日はインド旅行最終日。

予定はデリー内観光と買い物だった。

しかしmskと自分、2人もダウンしてはどうしようもなかった。

俺にいたっては今日の飛行機に乗れるかどうかも危険な状態。

1人元気だった小学生を頼りに、病院へと向かった。





病院でもベンチに寝転び、すべてを小学生に任せるしかなかった。

想像以上に大きなデリーの病院で、長い間待たされた。

今朝より熱が下がってきて少しは楽になったと感じた頃にやっと診察の順番が回ってくる。

それでも測った熱は39,5度という驚異的な数字。

今朝測ったらどんなにあったのだろう。

ぞっとする数字だったろう。





結局原因はよくわからなかったが、処方箋と栄養吸収粉ドリンクをもらった。

そして時間が解決してくれた体力の回復もあって、今日中に帰ろうと判断した。

いやーせっかくの旅行なのに最後の最後でやってしまった。

異常な暑さと疲れの蓄積?

昨日の激しい腹痛も何らかの原因が?

とにかく最終日だったのが不幸中の幸いかもしれなかった。





それにしても小学生には本当に感謝。

病人2人をかかえて東奔西走。

やっぱり大事な試合で頼れるうちの"エース"。

そんな姿を見て、6年前の高校時代を思い出してしまった。

自分が守っている外野から見る、マウンド上の小さなエースの大きな背中。

その大きな背中は健在、と言うよりもむしろその大きさを増していた。





最後はバタバタしてしまったけど、無事予定の飛行機で帰ることができたインド旅行。

デリーで二つの世界遺産を見ることが出来なかったこと、そして思うような買い物ができなかったことは心残りだが、

何より高校時代の大切な仲間と楽しい旅ができて本当に良かった。

改めてチームの絆を再確認できた旅でもあった。

楽しい旅にすることができた2人の仲間に感謝。

旅先で出会って助けてくれた現地の人に感謝。

そしてこのblogを読んでくれた方々にも感謝。

そんな感じで、今回のインド旅行blogは終了ということに。

また次回旅先で!
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by mitsuhi-low | 2006-06-13 03:11 | ☆★海外旅行☆★

事件は突然やってくる~インド6日目~

5月18日

アーグラーってタージマハール以外にどこ見るの?

見所を全く知らずに丸2日いることを決めたこの街。

そんなアーグラー2日目。

列車に乗ってデリーに行く夕方までは、全くのフリー。

どうしよう??





そしてガイドブックをペラペラとめくり目についた所。

"アーグラーから南西へ39km、ファテープル・スィークリー"。

通称『勝利の都』と呼ばれるここは、ムガール帝国3代目皇帝、アクバルの城跡である。

さらにアーグラーから日帰りで行けてしまう世界遺産という特典付き。

これは行くしかないと決めてしまい、1日借りるタクシーを見つけに街へと繰り出したのであった。





街を歩いている時に、3人で大いに盛り上がった1つの会話があった。

それは昨日出会った"彼"に関する話題。

"彼"と言っても、名前も知らない1インド人の客引きのことである。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それはそう、昨日の午前のこと。

アーグラーの駅に着いた3人を待ち受けていたのは、駅前でのリキシャの執拗な客引き。

これまで訪問した中で最も観光地として有名なところであったアーグラー。

今まで以上の客引きは容易に想像できたことであるが、寝台列車から新しい街に着いたばかりという疲れもあり、少々うっとおしいというのが本音であった。

そんな執拗な客引きの中の1人が"彼"であった。

見た瞬間、これまでに感じたことのない衝撃を受けた。

胡散臭い人がごまんといるインドの中で、群を抜いて胡散臭かったのである。

え?何が胡散臭いかって?

それは顔。

正直言って客商売やるなんて最も向いてないんじゃないかと思わせるそのルックス。

あまりに胡散臭いその出で立ちは、笑いが出ずにはいられないほどである。

そしてこの日、4km離れた別の場所で"彼"と再会することになり、ある意味運命を感じたのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



そんな"彼"に今一度会いたい!

なんて全くもって思わなかったが、

昨日2回会ったくらいだから今日も会うんじゃないかと。

そんな話題で持ちきりの3人。





神様のいたずらとでも言うべきなのか。

なんと

会ったのだ。彼に。

もう運命と思わずにはいられなかった3人。

しかし改めて目の前にしたその顔の胡散臭さに、容易にはタクシーを頼めない3人。

少々の躊躇の後、半ば諦めた感じで"彼"にタクシーを頼むことに。

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契約を交わした後も後悔の念は渦巻く。

想像以上の値段の安さがかえって怪しいし。

それにこの顔。

麻薬の売人と言われれば何の疑問もなしに信じてしまいそうな顔である。

もし正当に客商売をやっているのであれば、

即イエローカード、いや、レッドカードを名刺代わりに渡してあげたい。

そんな思いが渦巻く。





でも僕の好奇心はそれ以上。

騙されてもネタになる。

彼の顔写真だけでもネタになる。

そして彼と共にファテープル・スィークリーと向かったのであった。





ファテープル・スィークリーに向かう道のりは思ったよりも長かった。

自然とコミュニケーションを取り合う車中。

彼の名前は"バブー"。

顔に似合わずかわいらしい名の彼は、思ったよりも気さくで人の良い感じであった。





ファテープル・スィークリーは、思ったよりも遠い上に正直見るところが少なかった。

f0065556_025139.jpgf0065556_0283288.jpg
珍しくそうネガティブに感じたのもこの日の気温のせいであろう。

インドに来ておそらく最も暑いと感じたその日。

バブーに気温を聞くと42℃と即答したがそんなはずはない。

45℃は間違いなくあったであろう。

バブーの即答がどんな根拠で出てきたのかわからないが。

そして最後にブランド門という巨大な門の前で記念撮影をし、ここを後にした。

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f0065556_8464511.jpgアーグラーに戻ってからもかなりの時間があった。

お土産でも買おうかとバブー自慢のモーターリキシャで街中を案内してもらう。

自分たちは現地の人が行くような市場へ行きたかったのだが、どうもそれが伝わらない。

観光客が行くような少し高いみやげ物屋ばかり連れて行かれるのである。

友人の店だ、と言って次々に行きたくもない店へと連れて行かれる。

でもよくよく考えたらこの辺の店と運転手はコミッションで繋がっていることに気がついた。

客を連れてきた運転手に対して少々の金を払うシステム。

考えたらすぐわかりそうな気もしたが、この暑さのせいだろうか。

気力も大分失せていた。





バブーの取ってくれたチケットの電車の時間には大分早いが、疲れもあって早めに向かった。

バブーは駅での別れ際、こう言った。

『日本に帰っても、貧しい子供たちのことを忘れないで欲しい。そしていらなくなった服や物を寄付する心を忘れないで欲しい』

41歳になる彼は結婚はしているが子供はいなかった。

そんな彼の子供に対する優しさに心打たれた。

人は見かけによらない。

この言葉が最も当てはまる人物なのかもしれない。

彼の"ギャップ"に3人はやられた。

彼の胸元を良く見ると、着ていたTシャツにはGAPと書かれてあった。

バブーよ、すべて計算済みだったのか。

昨日も今日も同じTシャツを着て。

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ここまで奇跡的に順調に進んでいた今回の旅。

事件は突然やってくる。

駅内のファーストフード店で疲れきっていた僕と小学生。

気まぐれに到着するインドの電車の動向をすべてmskに託していた。

彼は、、、彼は英語が出来ないようだった。

電光掲示板に現われた"Arriving"の文字見て、

まだしばらくは到着しないと思ったようだ。

彼の『まだ"Arriving"だよ~』という報告にも、疲れきっていた僕らは何の疑問も持たずに休み続けた。

気付いた時には遅かった。

というか遅すぎた。

電車は30分も前に発車していた。




さてどうするか。

駅構内を必死に歩き回る。

さんざん駅員にいろんな部署をたらい回しにされ出た結果。

ほんのわずかな現金の返金。

こんなものが欲しいんじゃねーよ!!今日中にデリーへ行きたいんだよ!

そんな思いも届かず明日早朝来てくれと言う。

せっかく今夜はバブーの取ってくれたホテルもあるのに。

このままじゃチケットもホテルも無駄にしてしまう。

途方にくれて駅を出ると、リキシャの運転手に声をかけられる。

このときほど客引きに苛立ったことはなかったが、僕は間違っていた。

彼は電車を逃したであろう観光客に対して、バス乗り場まで連れて行ってくれると言う。

まさに神の声。

もし騙されたとしても、どの道選択権はない。

彼を信じるしか道はなく、バス乗り場まで連れて行ってもらったのだ。





バス乗り場に着くと、ちょうどデリーへ行くバスが発車する所であった。

間一髪でそのバスに乗り込む。

彼には本当に感謝し、アーグラーを後にする。

これで今日中にデリーに行ける。

そう安心したのも束の間であった。





バスですっかり寝入って目が覚めた時のこと。

異変に気付いてしまったのである。

ヤバイ、腹がイタイ。

激痛である。

バスを止めようにもどうしたらよいのかわからない。

時計を見ておそらくデリーに着くはずだと必死で我慢。

肛門付近に全身の神経を集中させ、訪れる波に必死で抵抗した。

正直もし気を緩めてちびってしまった時には2人にどんな言い訳でもしようか。

それほど限界が来ていた。

それから1時間。

バスはデリーへと到着。

半泣き状態でなかなかみつからなかったトイレに駆け込み、何とか事なきを得た。

散々な1日をホテルで終えるが、そんな散々なことも忘れさせるような出来事がこれから起こることなど夢にも思わずデリーの夜は更けていった。
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by mitsuhi-low | 2006-06-09 08:48 | ☆★海外旅行☆★

世界遺産をハシゴする~インド5日目~

5月17日

到着の遅れだけでなく、当然運行も遅れた寝台列車。

併せて4時間半ほど遅れた結果、午前10時にアーグラーへ到着。

2等級シートの寝台でとれなかった疲れので、いち早く荷物を降ろそうと宿へ向かうことにした。





ここアーグラーでの宿は、来る前からすでに決めていた。

バラナシで強い縁のあった、あの"ごま油"が、

『アーグラーに行くならここに泊まれ!』

と、しきりに勧めていた"Shanti lodge"と言う名の宿。

タージマハールからかなり近い所である。

バラナシで初めて乗ってから、その意外な乗り心地の良さと値段の安さで気に入っていたリキシャに乗り、新しい街の違った空気を楽しみながら宿に向かった。





タージマハール付近でリキシャを降ろしてもらったのはいいが、そこからの徒歩で迷うことに。

どうやら自分だけでなく、残りの2人も地図が苦手らしかった。

迷った挙句、自分以外の2人の力で宿に到着。

残りの2人は自分ほど地図が苦手ではないようだった。





外観は思ったよりも雰囲気がいいShanti lodge。

しかし、いくら"ごま油"の紹介と言えども、中を見ずには決められない。

中を見せてもらい、思ったよりもきれいなここを気に入った3人は、迷うことなくここに泊まることに決めた。

そして荷物を降ろし、一息ついてからタージマハールへと向かった。





タージマハールの入り口では、これまた執拗なボディチェックの厳重な体制がしかれていた。

それを見て、インド人がこの世界遺産を守るという気持ちを感じた。

うわさに聞くその美しさに期待する気持ちもそう感じさせることに一押ししたのだろう。

だがそれほどこのタージマハールに対して大きな期待を抱いていたのである。





ボディチェックをなんとか通過し、まずは目の前に広がる巨大な門に圧倒された。

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門ですらこのすごさ!

そりゃあタージマハルは相当すごいんだろう!!

期待はますます膨ませ、門をくぐる。





そして・・・・・・

その光景を目の当たりにし、衝撃を受けた。

期待を裏切らなかったどころか、期待以上の美しさ。

これがタージマハールか。

"インド人が恋をする"、とよく言われるこのタージマハール。

インド人ではないが、僕も恋をしてしまった。

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そしてもっと近くで。

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完璧なまでの左右対称性。

見れば見るほどどの魅力に引き込まれていったのだった。

インド人は口をそろえて言うらしい。

『昔はもっときれいだった。』と。

インドの工業の近代化に伴い、酸性雨などの影響でこれでも大分汚れたらしい。

必ずしも文明の発達が良い方向だけに行くだけではないいい例なのかもしれなかった。

そして、もっときれいだったタージマハールを見てみたいと思った。





タージマハールの大理石に足を踏み入れるには、靴を脱ぐか、靴カバーをすることが条件。

この美しい大理石を肌で感じたいがために、当然のごとく裸足で入った。

靴を脱いだ所の足元は、灼熱のインドの太陽に照らされたレンガが火傷寸前な温度になっていたが、中に踏み入れた後の大理石は不思議と心地よい温かさだった。

恋をした僕は、そこに優しい愛を感じた。





穏やかな気候と、裸足で気持ちのいい大理石。

日陰に入り、ちょっと横になるとすっかり眠ってしまった。

街中のやかましさから解放され、静かな世界遺産の中で寝る。

こんなことも悪くないなと思った。





タージマハールを名残惜しくも離れ、次はアーグラー城へ向かった。

アーグラーと言えば、世界一美しい墓と言われるタージマハールがあまりにも有名なのだが、
ムガル帝国の権力の象徴であるこのアーグラー城も実は立派な世界遺産。

世界遺産のハシゴという贅沢を、かつてない贅沢な手段で向かったのである。





それは・・・・・

駱駝車。

馬車ならぬ駱駝車。

見たこともないデカイ駱駝。

さらに驚くような運賃の安さ。

改めて、インドは最高である。

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びっくりするほどゆっくりな駱駝車は、周りの人々の視線を集めながら目的地に進んだ。

そして4km先のアーグラー城へ到着。

ここもさすがに立派だった。

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立派なだけではなく、やはり穏やか。

こう穏やかに感じてしまうのはインドの街中が喧騒であるせいであろうか。

ゆったりと城内を回って楽しんだ。





アーグラー城の後、徒歩で駅付近を楽しみ、宿へ戻った。

昼間から盛り上がっていた"フルーツパーティー"をするため、再び町へ出る。

少し薄暗くなった街の中は、屋台が開き始め昼とはまた違った活気を得始めていた。

アジアの町の夜は、毎日がお祭りのようである。

これは毎回共通して思うことなのだが、ここインドも例外ではなかった。

お祭り気分になりながらフルーツを購入。

しかしフルーツを買う予定が、焼きそばを買ってしまい、さらには焼きそばパンのようなもの、そしてビールまで買ってしまった。

宿に帰ってから早速戦利品を広げる。

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そして乾杯はタージマハールの見える屋上で。

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1日の締めくくりをこういう形でできるのは本当に最高だった。

しかし、このshanti lodgeは、これだけでは終わらない宿であった。





晩餐の途中で、インターネットをやる用事があった僕と小学生は、宿のネットスペースでネットをやっていた。

各々の用事を済ませ、部屋の戻ろうとすると部屋の前の中庭でmskと変なおっさんが2人上半身裸で仲良さそうに会話をしていた。

ついに身内からゲイが出てしまったと嘆こうとすると、どうやらそうではないらしかった。

買ったフルーツの中のココナッツを割ろうとして苦戦しているところを見るに耐えなくなった彼が手伝ってくれたらしい。

2人仲良くココナッツを食べていたのである。

そしてネットから帰ってきたうちらもそれに参加。

ほとんどヒンドゥー語しかしゃべれない彼は、身振りでヒンドゥー語を教えてくれた。

そして極めつけはインドの伝統のものなのか、はたまた彼のオリジナルなのか、奇妙な踊りを披露してくれた。

ここで動画を載せられないのが残念ではあるが、何度見ても笑える代物なのである。

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そんな彼の一番の驚愕の事実は、実はうちら3人と同い年。

あり得ない。。。





同級生との出会いもあり、世界遺産のハシゴも経験し、楽しいアーグラーの夜は更けていくのだった。
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by mitsuhi-low | 2006-06-05 10:11 | ☆★海外旅行☆★

"聖地"を去る~インド4日目~

5月16日

広いフレンズ・ゲストハウスの部屋で心地よい朝を迎える。

アマーの友人が経営する旅行会社にチケットを取りに行こうと玄関に向かうと、

宿のオーナーのじいさんに声をかけられる。



『今日はどこに行くのかね?』



夕方バラナシを発つこと、そしてチケットを取ってもらったことを説明すると、



『そのチケットはいくらかね?』



と聞いてくる。素直に答えると、



『それは手数料が高すぎる!うちで取ればその三分の一で済むよ。ちょっと待ってろ!俺がそいつに電話をかけてやる!』



と言い出してしまった。

日本人旅行者に優しい宿で有名な所であるから、このじいさんも親切心で言ってるんだろうけど、

手数料がどうとか言う問題は正直どうでも良かった。





アマーによると、インドは今ちょうど夏休みに入り、インド国内交通の主要機関である鉄道のチケットを取るのは難しいらしい。

当日にチケットを取ろうという安易な考えで旅をしていたうちら3人を見かねてか、

深夜1時にもなるのに、もう閉店していた友人の旅行会社のオフィスを開けてまでチケットを取ることに手助けをしてくれた。

そんなアマーの気持ちもあったし、例え手数料が高いとしても、それは迷惑を被った旅行会社の彼に対するチップであって当然だと思ったのである。





しかしこのじいさんは引き下がらない。

ルックスからしても、相当頑固なようである。

こうなってはもうどうにも手がつけられないと、成り行きに身を任せてしまった。

それにしても、アマーにも旅行会社の彼にも悪いことをしてしまったなぁ。





チケットを取るには時間がかかるらしく、その間じいさんの息子のラジャが経営する絹織物店へと連れて行かれてしまった。

また絹織物かよ、と心の中で舌打ちをした。

昨日もさんざん見たので正直行きたくなかったが、今日バラナシを発てるかどうかは彼らの手中にある。

仕方なしに店へと向かうが、買う気などさらさらなかったが、その店で働いていた少年との良い出会いがあった。

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その少年の名前はパルティ。

とにかく良く働く子であった。

そしてシャイながらも愛想のいい子であった。



一緒に遊んで、長い時間も楽しく過ごせた。

彼の健気に働く姿にも心打たれ、ラジャがさんざん広げた絹織物を片付ける手伝いもした。

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そんな感じで時間を過ごすも、チケット獲得の朗報はまだ届かない。

留まることが嫌いな自分はしびれを切らし、

街へ繰り出すぞ!と、カメラを持って1人で店を飛び出す。

いい写真を撮ってやるぞ!と。





まず撮るべきものだと思っていたのは牛。

自分なりに"ベスト・オブ・牛写真"を撮ろうという目標を立てていたからだ。

昨日は路地裏で恐れていた牛も、今日になったらすっかり友達気分。

その巨体に限界まで近づく。

おかげでいい写真が撮れた。ズーム無しですよ、これ。

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そして側にいたホモ疑惑たっぷりなおっさん達をパシャリ。

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いやーいい写真が撮れたぞと自己満たっぷりでいると、時間の過ぎるのも早く感じ、ようやくチケット獲得の朗報が届く。

やった!これでバラナシを今日中に発てるぞ!

そうと決まっては残り少ないこの街での時間を満喫せねば!

チケットを無事取ってくれたことに感謝し、街へと繰り出したのでした。





街中は今日もまたお祭りのようなバラナシ。

この街とももうすぐお別れかと思いながら歩いていると、何と奇跡の再会が。

あの"ごま油"である。

昨日サイババの弟子に占ってもらっている間、長すぎたせいかいつの間にか姿を消していたごま油。

まさか今日も会うことになろうとは。

何かの縁を感じた3人は、空腹だったこともありごま油と一緒に飯を食いに行くことになった。





飯の最中にもシモネタの止まらないごま油といろいろ話していると、彼も絹織物の店を経営していると言う。

またまた絹織物かよ。

彼には悪いが、さすがにここで絹織物を見る元気はない。

時間もないし食事を済ませたらフェイドアウトしちゃえ。

楽しい食事にはなったものの、

食べた後にはうまく断り、そそくさと逃げてきてしまったのでした。





そして電車の時間が刻々と近づく。

今朝は電車のチケットを取ることに必死だったが、発つとなるとなんだか寂しい気持ちになる。

たった2日間だったけど、たくさんのことがあったここバラナシ。

駅に向かう前に、どうしてもしておきたいことがあった。

宿に荷物を取りに行く前、ガンガーのガートへと立ち寄る。

その穏やかな流れを見つめ、触れた。

聖なる河の冷たさを肌で感じ、別れを告げ、駅へと向かった。





f0065556_1181249.jpgバラナシの駅では想像以上に人や動物で溢れていた。

家族やらホームレスやら牛やらサドゥやら。

さすが夏休み。

うちのアグレッシブカメラマンがサドゥに許可を得て写真をパシャリ。

なんだ、サドゥって以外に人当たりがいいな。

もっと世間ずれしてて気難しい人かと思ってたのに。

こんなんならガートにいたたくさんのサドゥの写真を撮ればよかったなぁとちょっと後悔。





ごったがえす人ごみを避け、ホームの端で電車を待つ。

夕暮れになっても気温はいっこうに下がらず、日本より一足早く夏気分に。

いつまでたってもこない電車をひたすらホームで待つ。

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↑ホームで待ちぼうけなうちのアグレッシブカメラマン。




結局2時間半遅れで電車が到着。

これが"インド時間"か。

そりゃあ線路に牛がいるくらいだから仕方ないか。

インドでは電車がこんなに遅れても何とも思わないから不思議である。

そして運行時間10時間の予定で寝台特急は進み出す。





次なる目的地はあのタージマハールで有名なアーグラーだ。
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by mitsuhi-low | 2006-06-01 01:46 | ☆★海外旅行☆★