持ち前の運の良さと要領のよさで数々の困難をヌメリヌメリとかいくぐる社会人。このブログを見てくれたすべての人にありがとう☆★コメントを残していただければ幸いです!(パスワードは適当な半角数字でOKです)


by mitsuhi-low

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

メモ帳

09.08.08
カメラ・写真のHP作りました。見てね♪

grafico


☆★link☆★
今日のひとこと
by クライ

SHAKE SHAKE MONKEY BEACH
by ライ麦畑

ばばせばまっちゃわん?
by しのむ

ゆうじんのひとりごと
by ゆうじん

Life is interesting
by まちゃこ

お気に入りブログ

逃避街3丁目
Let’s go pic...
マッキーの写真と言葉たち
たなかの Photo ブ...
husky voice
grafico column
MOROCCO LIFE...
Time's Arrow

カテゴリ

全体
☆★海外旅行☆★
☆★国内旅行☆★
超偉人伝説
Diary
Happening!
My Favorite
Bowling
Photograph
Baton
Movie
未分類

以前の記事

2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
more...

ライフログ


Buena Vista Social Club


Vapen & Ammunition


サマータイムマシン・ブルース スタンダード・エディション (初回生産限定価格)


モーターサイクル・ダイアリーズ 通常版


重力ピエロ


太陽の塔

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
旅行・お出かけ

画像一覧

<   2007年 10月 ( 20 )   > この月の画像一覧

28. 戦後


2007.9.13 タイ14日目


1942年、第二次世界大戦の最中、日本軍は物資運搬のためにタイ・ミャンマー間をつなぐ、泰麺鉄道を着工した。

およそ5年かかると言われていた工事を、わずか15ヶ月という驚異的な早さで完成させ、

そのために現地の人々や、敵軍捕虜の大勢の犠牲者を出すこととなってしまった。

戦争の爪痕を今に伝える街、カンチャナブリ。

映画『戦争に架ける橋』の舞台としても有名な街である。





バンコクからバスで2時間程でこの地に到着してから、まずはJEATH博物館へと向かった。

J=Japan,E=England,A=Australia,T=Thailand,H=Holland。

戦争に加担した5ヶ国の頭文字をとり、DEATHという言葉の残酷さを和らげるのも兼ねてJEATHと名付けたそうだ。

当時の生々しい様子を目の当たりにし、その時代にいなかった自分には関係ないなどとは決して思えなくなる。

歴史は繰り返される、とよく言うが、こんなことは2度と起こって欲しくないと心から思った。

f0065556_206457.jpg





日本がした仕打ち、つらい過去を持ちながら、今のカンチャナブリは穏やかである。

街の人々はとても優しい。

街の象徴であるクウェー川の流れまでもが優しい。

"戦場に架ける橋"は、本当に美しい。

f0065556_2094169.jpg

f0065556_20171960.jpg





不思議なことに、戦争という悲劇の舞台となったこの街は、

今まで訪れた中で最も自然が美しく、穏やかなところであった。

f0065556_20151557.jpg


戦地で暮らした人々の平和を願う気持ちがそうさせたのであろうか。

この街はきっと"歴史は繰り返さない"のであろう。

そう、信じたい。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-31 20:17 | ☆★海外旅行☆★

27. メインスポット


2007.9.12 タイ13日目


2人が来た後の、この日のためにとっておいたバンコク市内の人気観光スポットへ。

2年前に来たとは言え、個人的に非常に楽しみにしていた所だ。

ワット・プラケオ、王宮、ワット・ポー、ワット・アルン。

近隣に存在するこの4大人気スポットは、バンコク市内観光でははずせない。



①ワット・プラケオ
f0065556_1955182.jpg

通称:エメラルド寺院としても有名なこの第1級寺院は、来訪者に対してまずその外観で圧倒させる。

細部まで美しく装飾された徹底ぶりにまた圧倒される。

寺院の通称にもなっている本尊のエメラルドブッダは、雨期・寒期・暑期それぞれで着衣が決められており、季節の変わり目には国王自らの手によって衣替えの儀式が行われるそうだ。

いつかその衣替えの瞬間をこの目で見てみたいと思った。



②王宮
f0065556_197110.jpg

歴代の王が生活していたポロマビアン宮殿を含め、いくつもの西欧風建築物が立ち並ぶ。

敷地内の整備の厳重さから、タイの人々が国王を大切にしているのがよくわかる。

建物の立派さはもちろんのこと、微動だにしない守護兵も見事なものである。



③ワット・ポー
f0065556_1981880.jpg

かの有名な巨大な寝釈迦様がいるお寺。

全長49m、高さ12mの巨大さは、仏像好きの僕にとっては隅から隅まで見ごたえのあるものである。

その格好は涅槃の境地に達し、悟りを開いたことを意味するらしい。

表情から見てとれる余裕さがそのことを物語っているのだろう。



④ワット・アルン
f0065556_19103785.jpg

アルン=暁という意味があるように、暁に染まる姿が美しいのだが、時間の都合上昼間での観光。

急な階段を恐る恐る登って大変な思いもしたが、上から見た眺めの美しさは、自分が高所恐怖症であることを一瞬忘れさせてくれた。





2度目でも、やっぱりすごかったバンコク市内のメインスポット。

観光の後は、これまた有名なタイ・スキで夜の食卓を楽しむ。

f0065556_19112685.jpg


カオサンに戻ってからは、3人揃ってヘナ・アートをしてもらい、1人では楽しめないことも出来て大満足。

f0065556_19121292.jpg


"旅"の楽しさと一味違った"旅行"。

"旅行"も、案外悪くないかもしれない。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-30 19:13 | ☆★海外旅行☆★

26. 遺跡と象と好天と


2007.9.11 タイ12日目


2年ぶり、2度目のアユタヤ。

アユタヤは僕にとって強烈に記憶に残っている世界遺産の遺跡である。

初めて訪れた時から今日までの間に、数多くの国々で様々なものを見てきたことによって、

この世界遺産が以前より色褪せて見えることを恐れていた。





バンコクから向かうバスの中。

そんなことばかり考えていた。

それほど僕にとっては大切な思い出を持つ場所でもあった。





一時間半後。

前回強烈な印象を自分の中に焼き付けてくれたおかげか、着いたバスターミナル・街中の風景は、全く久々な感じがしなかった。





好天にも恵まれた。

雨季にしては珍しいほどの快晴で、この美しい遺産の写真も格段と映えた。

天気の神様も、思い出を色褪せない状況作りに一役買ってくれたらしい。





ワット・ラーチャブラナ。
f0065556_1172268.jpg



ワット・プラ・マハタート。
f0065556_120735.jpg

f0065556_1204629.jpg



象に乗っての遺跡巡り。
f0065556_1225923.jpg



ワット・ロカヤスタ。
f0065556_1245356.jpg


これらの極上のコースを、レンタサイクルで走り抜けるというこれ以上にないシチュエーション。

やっぱりアユタヤは最高だった。

色褪せるどころか、輝きを増して見えた。





そして何より、大好きな象と触れ合えたことも大きかったと思う。

かつて山田長政が日本人街を形成したこの地は、

現在では日本人観光客のメッカのようになっている所がミーハー染みていて残念な感じはしたが、

そんな気持ちも象に乗れば悦に入り、全く気にしなくなってしまった。





やっぱり将来的には象を飼うしかないのか?

この旅2度目の切なる思いである。

f0065556_1305512.jpg

[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-30 01:31 | ☆★海外旅行☆★

25. 新たなるスタート


2007.9.10 タイ11日目


"旅"の最後を楽しむべく、バンコク市内の持参のガイドブックにはない寺院を探しに行った。

そして自力で見つけた4つの寺院のうち、3つをここで紹介したいと思う。





①ワット・スタット

迫力ある大きな仏像が印象的。

かつてこの仏像を移動する際に、あまりの大きさに門を壊して運んだというエピソードがあるらしい。
f0065556_2114313.jpg



②ワット・ラチャナダー

タイ寺院と言うより、日本のお城のような外観。

内部には螺旋階段があり、最上階ではバンコク市内が一望できる。
f0065556_212851.jpg



③ワット・シトラム

僕が大好き奇仏・変仏多し。

大黒様のようなあやしいおじさんの仏像が印象的。
f0065556_2133155.jpg





寺院巡りをしているのはよかったものの、すっかり道に迷ってしまったようだ。

方位磁石を取り出し、行きたい方向に走っている市内循環バスに乗り込み、

自分の知っていそうな周辺で降りるという原始的な方法で宿の周辺までたどり着く。

市内バスが7B(≒22円)という安さもあってこその為せる業である。





さて、いよいよ"旅"が終結を向かえ、空港へと向かった。

直接空港へ向かうエアポートバスは僕にとっては驚くほどの高額だったので、

市バスを乗り継いでドン・ムアン空港へ向かった。

16:30に市内を出て、やっとの思いで着いた空港。

その時、18:40。





しかし、様子がおかしいことに気付いた。

あれ?

閉鎖されてる?

何で・・・?





近くにいた人に聞くと、昨年開港された新空港が、国際線の空港となっているらしい。

2年前、僕は日本からこの空港に到着したのに・・・

衝撃的。





慌てて新空港に向かうことに。

正直焦った。

ここ数年で一番と言っても過言じゃないくらい。

焦る気持ちを感じ取ったか、ミニバスの運転手は高速道路をごぼう抜きで走りぬける。





30分後。

無事新空港到着。

間に合ってはいなかったが、ついに彼らと合流することが出来た。

f0065556_2245251.jpg


日本から来た、バイト仲間のおかぴー&なかむー。

これで明日からは、"旅"が"旅行"へと変化する。

ついにラストスパート。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-26 02:28 | ☆★海外旅行☆★

24. "旅"の終結


2007.9.9 タイ10日目


コラートに何故寄ったのだろう?

昨夜、11時近くになってやっとここに到着したのだが、宿の少なさには非常に困った。

到着した時間帯の問題ではなく、いわゆる安宿といった類のものがほとんどないのである。

さんざん探した結果、質の低い宿しか見つからない上に、

1泊240B(≒840円)という、タイに来てから2番目に高い宿に泊まることになってしまった。





さらには昨夜の宿探しの苦労も報われず、朝起きてもどこに行けばわからないような中途半端な街。

交通の要点として栄えたこの街には、観光には不向きらしいのだ。

とりあえず、唯一の見るところとでも言うべきであろう、タオ・スラナーリー像を見に行くことにした。

f0065556_8411594.jpg





このタオ・スラナーリーとは、実は女性。

1826年に、ラオス軍の進撃を受けた際に、敵軍に酒を飲ませて撃退したという武勇伝の持ち主らしい。

彼女の名前がついたお祭りがあり、たくさんの参拝者が訪れるくらい崇拝されるのだから、

相当飲ませ上手なお方であったのだろう。

もしかしたら飲み会コールの先駆者なのかもしれない。





コラートの観光はこれでおしまい。

どうやら本当に交通の要点として栄えた街でしかなく、

それなりの規模はあってもそれと言って見るものはないようだ。

そうと決まっては、さっさと次へ行こう。





次は、再びバンコク。

コラートから程近く、1度体勢を整える街としてこれ以上にない都市。

と言うのも、僕にとっての"旅"は明日夕方を以て一幕を閉じることとなる。

終盤、最後の5日間は、第二幕として新たな展開を迎えるのだ。

タイムリミットは明日の夕方まで。

明日は1日バンコクで"旅"の残りを満喫しよう。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-25 08:48 | ☆★海外旅行☆★

23. 圧巻の壮麗寺院


2007.9.8 タイ9日目


シンガポール、マレーシア、タイ、ラオス、そして再びタイへ。

国教がイスラム教のマレーシアを抜けてから2週間以上が経つが、その間に見てきた建物はほぼ全部仏教寺院。

タイとラオスの寺院は多少なりともテイストが違うと言えども、さすがに飽きがきているのは否めない。

タイ北東部の街、ここノーンカーイでは、街中いたるところにある仏教寺院の中で、一ヶ所だけ中国寺院があることを知ったので、気分転換に行ってみることにした。





街の中心部からさほど離れていない所にあったその名もわからない中国寺院は、門構えからして今までたくさん見てきたものとは明らかに違っていた。

f0065556_959498.jpg


日本と比べて、タイやラオスの寺院は金色を中心としたかなり派手なものがほとんどであるが、

さすがは中国、それらをはるかに上回る、異色の派手さ。

f0065556_1023279.jpg


あまり大きな寺院ではなく、意味も良くわからなかったが、気分転換には十分であった。





中国寺院の気分転換の後、ノーンカーイで一番大きなお寺だというワット・ポー・チャイに行ってみた。

これは正直すごかった。

建物のスケールの大きさ、壮麗さもさることながら、圧巻だったのは内部のお堂の大きさと壁画の美しさ。

f0065556_107782.jpg


タイ・ラオスと多くの仏教寺院を見てきたが、これは相当立派なものである。

これも中国寺院による気分転換のおかげなのかもしれない、と思った。





ノーンカーイから次に向かうのは、コラート。

地図を眺め、距離的に判断した自分の予想では、バスで5時間かかるはずであったが、

出発から7時間経過した今もバスの中で、着きそうな気配はない。

いつになったら着くのだろう?

観光に向いてないコラートに着いてからも、宿は取れるのだろうか?

時計の針は、既に9時を回っている。

野宿だけは・・・

旅も終盤を迎え、何気に最大のピンチ・・・かもしれない。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-24 10:11 | ☆★海外旅行☆★

22. 好きになった国


2007.9.7 ラオス7日目


f0065556_10122697.jpgラオスの食堂では、知らない人と相席になることがしばしばある。

そんな時、相席してしまったらすでに仲間。

相席者に食事を分けるのは、ごくごく普通のことなのである。

この日、昼食でラオス飯の食堂に入ると、ランチタイムのOL3人と相席することとなった。

目が合っただけですでに仲間、しきりに"私達が注文したラオ飯を食べなさい"と言ってくれた。

f0065556_15311888.jpg

f0065556_15314734.jpg


このOL3人娘のマーちゃん、ニャンちゃん、ノンちゃんの3人は、英語も闊達。

うまいラオ飯と、楽しい会話で、ラオス最後の食事を楽しいものにすることができた。





タイへの国境に向かうバスの中では、両サイドを僧侶に挟まれた。

普通に考えたら、珍事としか考えられないが、こんなことが起こり得るのもラオス。

左隣に座った僧侶はやたらと友好的で、これまた闊達な英語でしきりに話しかけてきてくれた。

彼のおかげで、これまで疑問に思っていたラオスの僧侶の実態を聞くことができた。





彼らは、食事は朝と昼のみで夕食は食べないらしい。

お酒は飲まないが、タバコは吸ってもいいそうだ。

英語で難しい説法を受けた時は、わかったふりをして頷いているだけの自分が残念だとは思ったが、

国境を越える直前までここラオスでは本当に貴重な体験が出来たと思う。

f0065556_15401076.jpg





たった一週間の滞在の中で、特筆すべき遺跡を見たわけでもなく、特別な出来事があったわけでもなかったが、

気がつけば自分の中で"好きな国"となってしまったラオス。

メコン川の緩やかな流れに同調した時間を持ち、そしてその時間の中で育まれた人々の穏やかさに接し、いつの間にか居心地の良さを感じてしまったからであろう。





今、"友好橋"を渡って、ラオスから再びタイへと入国する。

僕の好きな国同士を結ぶこの橋の名称が"友好"であることは、

最もふさわしいと、個人的感情を抱かずにはいられない。

そんな思いもあってか、好きになった国を去るというこの状況に、不思議と寂しさが残ることはなかった。

再び入国したタイに、穏やかな人々との出会いを期待しながら橋を渡る。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-22 15:50 | ☆★海外旅行☆★

21. 愉快な仲間達


2007.9.6 ラオス6日目


f0065556_1722.jpgブッダパーク。

この文字をガイドブックの片隅に見つけた瞬間に昨夜の地獄のバスのことなどすっかり忘れ、ビエンチャンでまず向かう先と決めた。

これで首都かと疑いたくなるような悪路を走ること40分。

観光客が来るとは思えない、完全なる郊外に夢のブッダパークは存在していた。

f0065556_19527.jpg




とにかく、ここはホントに意味がわからない。

ブッダとは程遠いと思われるような石像、珍像ばかりで、説明も全くない。

f0065556_1101084.jpg


完全に僕の理解の範疇を超えた世界にあったブッダパーク。

それでこそ僕の求めていたものに近いと言えよう。

個人的偏見による世界遺産、ここに誕生である。





しかし、ブッダの力なのか、こんな僻地にもかかわらず、実は素敵な出会いもあった。

他に訪問者のいないこの楽園の中で出会った、

ラオス人のラー君、日本人のヒロさん、ちひろちゃん、まいちゃん、さくみちゃんの5人組。

ブッダパークの外でなかなか来ない市内に戻るバスを待っていた所、

彼らは自分達が手配していたトゥクトゥクに便乗しないかと声をかけてくれたのだ。

ブッダパーク内でも挨拶程度の会話はしていたのだが、この誘いがきっかけとなり、結局今日一日の行動を共にすることになった。





勢いで仲間に加わったのだが、偶然にも彼らの行き先は僕の行きたい所と一致していた。

1) タート・ルアン
f0065556_118236.jpg



2) パトゥーサイ
f0065556_1191262.jpg

これらの場所も、愉快な彼らのおかげで楽しさが倍増だった。





そして何より楽しめたのは食事。

f0065556_1254555.jpg


この旅、同じ一人旅同士で出会って2人で食事することはあったが、こんなに大勢で食べるのはこれが初めてだった。

メコン川に沈む夕日を見ながら、たくさんのメニューをみんなでつつく。

もちろん、片手にはビア・ラオ。

みんなで共有する食事の時間の楽しさを、久々に味わう。





そして、みんなの話を聞くと、この5人は、もともとが女の子3人組、男1人旅、現地人のラー君という3つの別のグループだったらしい。

偶然にも皆バンビエンという街で出会い、意気投合してここまでやってきたらしいのだ。

どおりでおかしな組み合わせだと思っていたのが、やっと理解することが出来た。





食後は、ちょっと贅沢をして全身垢すりで心身を癒し、みんなでラオス・ディスコへ。

たった1日だけであったが、楽しい人たちと過ごした時間は、とても貴重なものに思えた。

明日にはこのグループも、僕も、皆違う場所へと向かう。

何度も繰り返される、出会いと別れ。

別れの悲しみはもちろん大きいのだが、やがて来る出会いへの期待も大きい。

だから、旅はやめられない。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-19 01:33 | ☆★海外旅行☆★

20. カメラ日和


2007.9.5 ラオス5日目


今、ラオスは雨期の真っ最中。

毎日少なくとも2回は突然のどしゃぶりに見舞われる。

しかし、今朝のように朝から雨が降っているのは初めてだった。

そんな雨の中、9:30のバスで岡村君はバンビエンに向かった。

別れを惜しむ気持ちが降らせた早朝の雨。

そんなことを思いながら彼を見送った。





僕の方は、旅行会社に向かい、郊外の滝を見に行くツアーに当日滑り込みをしようとしていたが、

案の定苦手な雨には勝てず、外に出る気持ちすら萎えてしまった。





そうとは言え、今日中にチェックアウトを済ませなければならないので、こつこつとバックパックに荷詰めをしていた。

すると、気がつけば晴れ間がのぞいていたのである。

やっぱり思い切って滝を見に行くべきだったか一瞬思ったが、

当日のツアーに参加することなんてできるのかというそもそもの疑問もあったので、

開き直って"写真の日"とすることにした。

今朝の強い雨脚が嘘のように、ここ数日で最も恵まれた天気へと急速に変化した空模様は、

好きになったこの街を写真という形で残す、絶好のカメラ日和と言えよう。





1)まずは朝食。すっかり御馴染みとなったラオスの米麺だが、昨日食したのとは違ったタイプの味。
f0065556_1754576.jpg



2)珍標識A:近隣諸国と違ってクラクションを鳴らさないのはこの標識のおかげか。
f0065556_17544168.jpg



3)珍標識B:横断歩道有り。図のように、ラオスの女性は民族衣装のスカートをはいている。
f0065556_1755178.jpg



4)上記の典型例。さらりと上品に着こなす美しさ。
f0065556_17555038.jpg



5)宿の坊主。やんちゃ盛りの10歳。(推定年齢)
f0065556_17561485.jpg



6)不思議ポスト。ちゃんと届くか疑わしい。
f0065556_1757045.jpg



7)お洒落カフェ。欧米人が好みそう。僕も入った。
f0065556_17572461.jpg





カメラ日和も日の入りと共に終了し、夜行バスに乗り込み、首都:ビエンチャンへと向かう。

好きになった街を去る時。

感傷に浸りたい気持ちもあった。

しかし、地獄の峠道はそうはさせてくれなかった。

あまりの悪路に乗客の"吐き連鎖"が始まってしまったのだ。

僕が記憶しているだけでも3人。

幸い、僕自身と隣の女性は平気であったが、

誰かの吐き声で目が覚めることもあった。

この状況で10時間。

どうやらこの旅、交通機関には恵まれないことが多い、らしい。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-17 18:06 | ☆★海外旅行☆★

19. 世界遺産の街


2007.9.4 ラオス4日目


ルアンパバーンが世界遺産の街となったのは、とにかく多い寺と僧侶の数が大きな要因であると僕は思う。

ラオス第二の都市と言えども、イメージの中の古き良き日本のような穏やかな空気が流れているのは、

日本で言えば京都のようなものなのであろう。

今日は、その街の雰囲気に大きく影響を与えているお寺をとにかくたくさん巡ることにした。


①プーシー
②ワット・マイ
③ワット・セン
④ワット・ソプ
⑤ワット・シェントーン
⑥ワット・アハム
⑦ワット・ヴィンスラナート
⑧ワット・マノロム
⑨ワット・タート・ルアン
⑩ワット・ホシアン


さすがに1日10寺は人生初である。

今日の街歩きで、お寺もラオス人も食べ物も、いい写真が撮れたので、

わかりやすいように、ここからは抜粋した写真で紹介していきたいと思う。





1) プーシー頂上から見たルアンパバーンの街並み
f0065556_2103575.jpg


2) ワット・センの僧侶
f0065556_211820.jpg


3) ワット・ソプの珍仏
f0065556_213910.jpg


4) ワット・シェントーン外観
f0065556_21543.jpg


5) 食堂の海老剥き娘
f0065556_216598.jpg


6) カーン川に架かる橋
f0065556_2173841.jpg


7) ワット・タート・ルアンにいたやんちゃ坊主
f0065556_2181170.jpg


8) すっかりはまったカオ・ソイを食べる僕
f0065556_2202295.jpg






今日一日歩いて思ったことは、本当に本当にいい街であるということ。

観光客が多い割に、執拗な客引きが少ない。

キレイな物を見ながら美味しい物を食べて、疲れた体をサウナで癒す。

"永住"。

そんな言葉が一瞬頭をよぎったが、これは僕の一種の癖のようなもの。

気にしないことにしておこう。
[PR]
by mitsuhi-low | 2007-10-16 02:24 | ☆★海外旅行☆★