持ち前の運の良さと要領のよさで数々の困難をヌメリヌメリとかいくぐる社会人。このブログを見てくれたすべての人にありがとう☆★コメントを残していただければ幸いです!(パスワードは適当な半角数字でOKです)


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13. 馴染みの薄い国


2008年2月25日 ヨルダン1日目


昨日、シナイ山から下山した後、フェリーでヨルダンへと入国した。

ここに来てまず思ったことは、道路やそこを走る車がエジプトと比べてはるかにキレイなこと。

使用通貨の単位であるJD(ヨルダンディナール)も、1JD≒180円とユーロ並みに高いことから、

この国がいかに生活水準が高いかが伺える。





そんなヨルダンで初めて訪れた観光地は、

この国で最初に世界遺産に認定されたぺトラという遺跡だった。

2000年以上も前にナバタイ人やベドウィンによって栄えた中継都市であり、

砂岩をくり貫くことによって作られた、珍しいタイプの遺跡である。





f0065556_149249.jpgこの遺跡は、とにかく広い。

何しろ3日パスの遺跡拝観券があるくらいなのだ。

その広大な遺跡内は、まず入り口からは、シーク(狭い岩の裂け目)と呼ばれる細い道までおよそ1.5km。

シーク自体も完全に抜け切るまで30分程歩き続けなければならない。





遺跡に入ったばかりの時は、

期待と物珍しさで楽しい時間が過ごせていたが、

ここまで長い時間代わり映えのしない景色が続くとさすがに飽きてくる。

いつになったら本当に見たいものが現れてくるのだろう?

そう思いながらスーク内を歩いていたその時だった。



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突然視界に広がった、"エル・ハズネ"。

『インディージョーンズ/最後の聖戦』の舞台ともなった、ぺトラ内を代表する遺跡。

砂岩をくり貫いて作ったことを考えると、芸術作品としかいいようがない。





その他にも、言葉では表現しづらい感動をいくつか写真にて紹介。



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このように素晴らしい遺跡が存在するのに、

"日本人には馴染みの薄い国"

として終わらせてしまうのはあまりにも勿体無い。

この写真を見て、ぺトラについて興味を持っていただければ幸いだと僕は思う。





遺跡見学後も、ぺトラ最寄の村:ワディ・ムーサの中心街をも見学していたのだが、

待ち行く人々もエジプトと比べて大人しいけれどもいい笑顔を持っている人が多い。

愛想の良い兄妹や、

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陽気なシュワルマ屋のおやじ。

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これからのヨルダンでの生活が、ますます楽しみになってくるばかりである。

明日はどこへ行こう・・・
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by mitsuhi-low | 2008-05-26 02:10 | ☆★海外旅行☆★

12. 神の言葉を聞いた地


2008年2月24日 エジプト11日目


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



一. あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない

一. あなたは自分のために、刻んだ像をつくってはならない

一. あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない

一. 安息日を覚えて、これを聖とする

一. あなたの父と母を敬え

一. あなたは殺してはならない

一. あなたは姦淫してはならない

一. あなたは盗んではならない

一. あなたは隣人について、偽証してはならない

一. あなたは隣人の家をむさぼってはならない



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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モーセが神から授かった十戒。

旧約聖書には、その舞台となったのがここシナイ山であると書かれている。





標高2285mのこの山を、麓から登り始めたのが午前2時。

3時間かけて登頂に成功し、風が吹き荒れる極寒の山頂で夜が明けるのをひたすら待ち続けた。





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明け方5時半。

岩に頭を押しつけて祈る人々。

聖書を音読する人々。

自民族特有の儀式を行う人々。

それぞれがご来光に向けてその思いを表現していた。





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そして5時40分。

待ちに待ったその時がやってきた。

地平線から太陽が顔を出した瞬間、

それぞれの表現をしていた様々な人種が一体化し、

大きな歓声と拍手が巻き起こった。





僕にはなんとなくわかったような気がした。

草木を全く寄せ付けず色気のないこの地が、世界遺産となった理由が。
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by mitsuhi-low | 2008-05-23 00:44 | ☆★海外旅行☆★

11. さらばダハブ


2008年2月23日 エジプト10日目


美しい紅海が広がるダハブに来て2日目、今日も海には入らず。

海辺のパラソルの下で、ご無沙汰していた読書を満喫するという優雅な1日を過ごした。

昨日同様、今日も韓国人4人と長い時間を過ごしたのだが、

いろいろ話をしているうちに、お互いの国の共通の言葉をたくさん見つけて非常にテンションが上がった。





まず1つ目が、

『○○地区』。

これは、韓国人同士の会話の中から、"イスラム地区"という音を聞き取った僕が気になって聞いてみたところ、

日本語も韓国語も"地区"の発音が同じであることがわかったのだ。



次に2つ目が、

『計算機』。

日常会話ではなかなか出てこないこんな単語までも共通だったことには驚いた。



3つ目に、

『微妙な三角関係』。

嘘だと思う方は、今すぐに日韓辞典を。



そして最後に、

『マッサージ30分無料』。

20分でも、40分でもなく、30分無料。

これでそこの君も明日から韓国に行き、無料奉仕のマッサージ店を開業できるであろう。





こんな具合で、両国の言葉を楽しく教えあっていたら、あっという間に1日は過ぎてしまった。

せっかく仲良くなれた4人のうち、3人は今日中にお別れを告げなければならない。

残りの1人と僕は、今夜目的のシナイ山に向けて出発する。

美しい海が広がるダハブでは泳ぐことすらしなかったのだが、

思わぬ出会いでいい時間を過ごすことができた。

彼らに心から感謝したい。

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by mitsuhi-low | 2008-05-19 00:49 | ☆★海外旅行☆★

10. ボーダレスコミュニケーション


2008年2月21日 エジプト9日目


砂漠の中に強制的に作られた1本道を、夜行バスがひた走る。

雲ひとつない夜空に輝く月に照らされる白い物体は、岩なのか、はたまた骨なのか。

そんな状態が13時間続いた。

気の合うマサとリョウと過ごした楽しい数日間の後のせいか、実際の時間以上に長く感じたバスの中。

エジプト東部シナイ半島にある街:ダハブに着いたのは、太陽が一番高い位置に来ていた頃だった。





f0065556_21254116.jpgダハブは、昨日のハルガダに引き続き、エジプト有数のリゾート地。

しかし、今回ここに来た目的は海ではない。

"とある地"へ行くための拠点とすることにしたのだ。

その"とある地"とは、ガバル・ムーサ(シナイ山)。

旧約聖書の中で、モーセが神から十戒を授かったとされる聖なる地である。





本来、ガバル・ムーサに行くためには、1日1本しか往来しないバスに乗るしかない。

しかし、そのバスですら頻繁に運休し、

さらに悪いことには、近辺に安宿というものがないらしいのだ。

よって、多少遠回りになるとは言えども、ダハブを拠点としてツアーを組むほうが時間的・金銭的効率がはるかに良いと考えたのである。





ダハブに着いてからは、縁あって4人の韓国人たちと同じ部屋で過ごすこととなった。

シム、ミン・ア、ターレイ、デュクの4人。

とても親切な4人で、1人だけ言葉の違う僕を色々と気遣ってくれた。

とは言っても、夜には半強制的に現地にあった韓国料理店に連れて行かれてしまったが、

エジプトで食べる韓国料理が何だかとても美味しいものに思えた。





異国の地で、そことは違う異国の人と食べる異国の料理。

日ごろから韓国人に間違えられることも稀ではない僕だが、

この時ばかりは恐らく韓国人になりきっていたのかもしれない。

楽しい食卓でのコミュニケーションを通じて、言葉や食べ物には思っているほどの国境はないのかもしれないと感じた。

ひょんなことから予定なく滞在することになったダハブだが、

こういう体験ができたことを思うと、来て良かった、と思うことができた。

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by mitsuhi-low | 2008-05-11 21:36 | ☆★海外旅行☆★

9. 紅海に入って後悔せず


2008年2月20日 エジプト8日目


"もう、いい。"

朝から続くモメ事にいい加減うんざりしていた。

昨夜、ルクソールからのバスが遅れ、ここハルガダに着いたのが深夜2時。

申し込もうとしていた紅海でのシュノーケリングツアーはそんな時間からはもちろん予約することができるはずもなく、

朝起きてから旅行会社を訪れることに決めていた。





しかし、朝起きてから時点であるツアーは船がすでに出航したと言うし、

別のツアーでは僕らの意向と値段の点で折り合いがつかず、モメにモメた。

せっかくだからと高い値段で行くことを決意するも、

ダイビングセンターへ向かうタクシーの中で、船がまたもや出航してしまったことを知るという最悪の結末。

その後午後からのツアーを探すも、そんな都合の良いものは全く存在せず、途方に暮れて海を眺めることになってしまった。





それでも諦め切れなかった僕ら3人。

海岸沿いを歩いていろいろ探し回った結果、近くのホテルでシュノーケリングセットを借りられることを知る。

今夜にはここを去らなければならなかったので、贅沢を言っていられず自分たちで近海に潜ってみることにしたのだ。

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しっかり着替え、いざ出陣、とは言えどもシーズンオフの肌寒い海。

躊躇しつつ震えつつ、思い切って入ってみた。

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感動だった。

今まで見た海の中で最も高い透明度。

気持ちよさそうに遊泳する豊富な種類の魚たち。

あまりの寒さに1時間ほどでリタイアはしてしまったが、短時間でも十分満足できる体験だった。





シュノーケリングの時間は短かったものの、

早朝からモメ事の件もあり、すっかり疲れ果てて宿に戻ると、

オーナーのアシュラフさんがエジプトの家庭料理を振舞ってくれた。

観光地の宿の経営者の割には英語が話せなくて初めは厄介だなーって思ってしまったけれど、

笑顔が素敵で優しく、本当にいい人だった。

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朝から事が二転三転し、モメにモメて始まったハルガダだったが、

美しい海と優しいアシュラフさんに出会えてここも忘れられない街となった。

たった1日の滞在でここまで思い出深くなれる街もそうないだろう。

アシュラフさんに会うためにも、いつか再びここを訪れなければ。





そして夜。

バスターミナル付近で時間をつぶし、そのまま3人でスエズまで行予定だった。

しかし、思ってもいなかったダハブ行きのバスに出会い、方向的に都合がいい僕だけが1人別れ、急遽そのバスに乗ることになってしまった。





5日間過ごしたマサとリョウとは突然あっけない形で別れを告げることになってしまったが、それほど悲しみは感じなかった。

これほど気の合う仲間なら再会を誓うまでもなく必然的に会うだろう、と思えたからであろう。

間違いなくいつかまた会う。

バスの中で1人そんなことを思う。

明日からはまた違った旅が始まるだろう。
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by mitsuhi-low | 2008-05-03 02:19 | ☆★海外旅行☆★

8. レッツサイクリング


2008年2月19日 エジプト7日目


エジプトの遺跡入場料は非常に高い。

食費が1食60~300円、宿代が1泊200~600円くらいが相場であるのに対して、

500~800円もかかってしまうのである。

そんな時に威力を発揮するのが国際学生証。

やたらと学生に優しいこの国は、このライセンスを見せるだけで入場料が半額になる。

貧乏学生の旅行者にとっては命綱とも言える大事なライセンスなのである。





しかし、エジプトについてから僕はある重要なことに気づいてしまった。

自分の国際学生証を見てみると、

なんと1年も前に有効期限が切れていたのだ。

とは言え、学割を利用できないのは金銭的に厳しい状況なので、

心が痛みつつもアラビア数字に慣れ親しんでいる現地の人に期限切れカードを提示し、

うまくごまかして半額で入場することが出来ていた。





今のように、マサやリョウと3人の学生で行動するようになってからは、

僕以外の誰か1人の国際学生証を窓口に提示し、

僕を含む残りの2人がちらっと見せる、

という手口を利用しうまく乗り切ってきた。





だが、鉄板に思えたそんな手口が通用しないのが、ここルクソール西側の地域だった。

観光した3ヶ所の遺跡すべてで全員の学生証を入念にチェックされ、

僕だけが2人よりも55L£(=1100円)多く支払うことになってしまった。

さらに悪いことに、今までが立派な遺跡を見続けてきたせいか、

今日行った遺跡はあまり感動するようなものではなく、

多くお金を支払った割には・・・という残念な結果になってしまった。





そんな中、唯一良かったと感じたことは、各遺跡を自転車で回ったこと。

勾配の多いこのエリアで、走行距離推定20km以上という大仕事。

疲労困憊したことは言うまでもないが、なんとも言えない達成感と爽快感が残った。





あまり良くないと思えた遺跡でも、自転車で回る楽しさを知り、

"どんな遺跡を見るか"、だけではなく、"どう遺跡を見るか"、

によって楽しさが違ってくるのを実感することが出来た。

まぁ恐らく明日筋肉痛になることは間違いないだろうが。

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by mitsuhi-low | 2008-05-02 08:47 | ☆★海外旅行☆★

7. ルクソール東側とジャイアン


2008年2月18日 エジプト6日目


f0065556_23422030.jpgナイル川中流域にある街:ルクソールは、かつてはテーベと呼ばれ、首都として栄えた所である。

街全体が世界遺産であり、エジプトの中でも最も見所が多いと言っても過言ではない。

昨日、今回初めての列車を使い、

アスワンから3時間半かけてこの街へとやって来た。

滞在予定期間は2日間。

ナイル川を挟んで東側と西側にエリアを分割し、

今日は比較的エリアの狭いナイル川の東岸部、ルクソール東側を観光することにした。





まずはルクソール神殿。

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昨日見たアブシンベル大神殿にひけをとらぬ巨大さ。

改めてラメセス2世の偉大さを感じた。





しかし、それ以上に圧巻だったのが次のカルナック神殿。

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エジプトの中でも最大規模を誇るこの遺跡は、

広大な敷地に巨大な柱を持つ神殿、そして色合いの残る保存状態の良い壁画など、何を見ても素晴らしく、

毎日遺跡を見て歩いているのにもかかわらずすごいと思わせるものであった。





さて、毎日の日記が遺跡の話ばかりで興味のない人にとっては飽き飽きしてしまうだろうから、

ちょっとした出会いの話を。

この旅の中でも、かなり強烈な個性を持つ人物を紹介したいと思う。





昨夜遅くにルクソールの駅に到着した時、駅に1人の客引きが現れた。

彼の名は、ジャイアン。

もちろん、本名であるはずもない彼だが、ドラえもんに出てくるジャイアン以上にジャイアンという名がふさわしい強烈な風貌を持っていた。





夜中の客引きにジャイアンが現れたらいくらなんでも警戒して避けたいものだが、

偶然にも行こうとしていたホテル側の人間だったようで、

僕らは強引と言えなくもない彼の先導に身を委ねて宿に直行したのだった。





しかし、そんなジャイアンは、見た目からは想像がつかないほどの優しさを持っていた。


僕ら 『ジャイアン、○○が欲しいんだけ・・・』

ジャイアン 『乗れ!乗れ!』


せっかちなジャイアンは、僕らが言葉を言い切る前に自慢のバイクの後部座席を指差し、乗れ乗れと叫びだすのだ。

そして、きちんと目的地まで連れて行ってくれ、お金を要求することも全くない。

僕らはすっかりジャイアンの虜になってしまった。





今思い返せば、正直ここルクソールでの思い出は大半がジャイアンであるといっても過言ではない。

彼の優しさ、せっかちさ。

彼の頼れる姿、せっかちさ。

彼の男らしさ、せっかちさ。

そんなジャイアンと一緒に写真を撮った。

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せっかちで落ち着きのない彼は、

真昼間であるにもかかわらず、夜景を撮ったように1人ブレていた。
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by mitsuhi-low | 2008-05-02 00:16 | ☆★海外旅行☆★

6. 世界遺産の原点


2008年2月17日 エジプト5日目


農業用水の確保と生産性の向上、そして電力の生産の目的のために作られたアスワンハイダム。

しかし、ダムの建設時に問題となったのが、周辺に点在する遺跡の水没の危機である。

この問題に対し、国際的なキャンペーンを行ったのがユネスコ。

世界中に公募した意見の中から、

"巨大建造物を多数のブロックに切断し、元の位置から約60m上にそっくりそのまま移転する"

という大胆な意見を採用し、なんと無事移転することに成功した。





そしてこのキャンペーンをきっかけに、

"人類の宝とも言える貴重な文化遺産、自然遺産を保護しよう"

という機運が高まり、1972年、世界遺産条約採択という形で実を結ぶこととなった。





このドラマチックな出来事の主役となったのが、

今からおよそ3200年前のエジプトの王:ラメセス2世が建造したアブシンベル神殿。

日本出国前から楽しみにしていたこの世界遺産の原点となった遺跡は、

巨大さでは数あるエジプトの遺跡の中でも有数のものである。

早朝3時に起床し、バスで4時間南下し、スーダンとの国境まであとわずかという所で目的地に到着した。





アブシンベル大神殿の正面にたどり着くまでは決して遺跡を見るまいと心に誓い、少しずつ近づく3人。

周囲の観光客の数が増加しの状況を見ながら、タイミングを見計らう。

そして、ここだと思ったところで満を持していざ振り向いた。

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わかっていながらも感動してしまった。





遺跡の巨大さ、美しさ、そして何よりもユネスコの苦心の末の成功。

大神殿だけではなく、隣接している小神殿も素晴らしいものだった。

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カイロから南へ約1000km、バス移動という疲れる手段をとってまでも来た甲斐があったと思うことが出来た。





今日はその他にも、建設時に問題となったアスワンハイダムや、

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これも同じような形で遺跡の移転を行ったイシス神殿も見学し、

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僕にとって本当に濃厚で充実した一日に。





気が付けば、エジプトに来てから5日目で4つ目の世界遺産を見学することができ、

こんな幸せな日々が永遠に続けばいいのに、と心から思った。
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by mitsuhi-low | 2008-05-01 19:41 | ☆★海外旅行☆★

5. ノットエジプシャン、ノットアフリカン、アイムヌビアン


2008年2月16日 エジプト4日目


f0065556_1173941.jpgカイロから夜行バスで南下すること16時間。

スーダンとの国境に程近い、アスワンという街にやってきた。

バスが到着すると、まず始めたのが"3人"での宿探し。

3人とは、夜行バスの中で出会った2人の一人旅日本人のマサとリョウ、そして僕を含めた3人。

昨夜の予感通り、何の躊躇いもなく部屋をシェアしようと思えるいい仲間との出会いが早速あったのである。





宿を決め、荷物を置き、ゆっくり休む間もなく街中へ観光に出掛ける。

とは言っても、さすがに16時間の夜行バスの後でアクティブには動けないという3人共通の意見があったので、

今日はゆったりと街中を一日過ごすことにした。





地図を見ると、街の西側を流れるナイル川に浮かぶエレファンティネ島という小さな島があった。

高級ホテルの送迎ボートに宿泊客を装って無料乗船をさらりとやってのけ、

有刺鉄線の張られたホテルの外壁から海岸に突き出た岩場を這うようにして抜け出しミッションコンプリート。

気の合う3人が揃えば、何だってできる。





さて、ミッションを終了後には、

クヌム神殿、アスワン博物館、ナイルメーターを見学。

見学したことよりもミッションを遂行したことのほうが楽しかったなぁと思いつつ、

再び対岸へ戻ろうとした時のこと。

恰幅の良いヌビア人女性が家の中から出てきて僕らに手招きをしていたのだ。





ヌビア人とは、この地方に古来から住む民族のこと。

カイロ近郊のエジプト人とも、スーダンのアフリカ人とも違う、独特の民族なのだそうだ。

そんなヌビア人のお宅にお邪魔することなど、この先もうないだろうと、彼女の言葉に甘えることに。

気の合う3人が揃えば、何だってできる。





f0065556_1114119.jpgいただいた熱々のチャイを飲みながら、家の内装に興味津々の僕ら。

伝統的な家屋のスタイルを保ちながらも、

テレビや電話が存在するのは、観光地化されて強制的に対岸に集落を作られ、

政府からの何らかの支援が出ているからであろうか?

事実はどうだかわからないが、とにかく内部に入れたことは貴重な経験である。





さて、このヌビア人の家には3歳になる女の子がいた。

最初は僕らに警戒の色を示していたが、すぐにも懐いてくれるようになった。

彼女たちの信条の理由から、その子の写真をこの場に載せることは出来ないが、

本当にかわいい子だった。

3人が代わる代わる遊んであげて、仲良くなった頃に帰らなければならなくなり、

彼女を大泣きさせることになってしまった。

貴重な経験と素敵な出会いで、後ろ髪を引かれる思いでその家を去った。

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たった2時間ほどのホームステイ。

お互いに一語たりとも共通の言葉はなかったが、

ヌビア人の持つ陽気さや温かさは、言葉などいらないと実感させてくれた。

いつかまたこの家に来よう。

素直にそう思えた。



Extra:Picture of Nubian
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上:自転車に乗るヌビア人の子供
下:一緒にサッカーをやったヌビア人の子供
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by mitsuhi-low | 2008-05-01 11:25 | ☆★海外旅行☆★