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19. 奇跡の再会


2008年3月1日 シリア3日目


ダマスカスからセルビスで北東へ約1時間。

ギリシャ・カトリック教徒が大半を占める、マアルーラという街がある。

この町に来てまず初めに目に入るのが、岩山の斜面に建てられた美しい家々。

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こんな美しい風景を一望できるのが、山を登ったところにある聖テクラ修道院。

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この修道院を岸壁にそって階段を上っていくと、岩上から聖なる水が流れる洞窟があった。

居住するには不利に思えそうな地形でも、昔から人はそれをうまく使うことによって有利なものに変えてきた、

そんな風に思えるような場所だった。





次に向かったのは、この町の山頂にある聖セルジウス修道院。

世界で最も古いとされている修道院らしいが、ほとんど感動はなかった。

実際に修道院自体がそれほどのものではなかったのか、

これまでの18日間の旅で見てきたすごい遺跡のせいで色褪せてしまってるのか、

僕の心が感動という感情を失くした無機質なものになってしまったのか、

原因がわからないことにむしろ感動を覚えてしまうくらいであったが、

マアルーラが僕にとって期待外れだったのは言うまでもない。





f0065556_2256137.jpgダマスカスに戻ってからは、昨日にすっかり気に入ってしまった旧市街をふらふら歩いた。

しかし、世界最古のモスクといわれるウマイヤドモスクは昨日既に観光しているし、

買い物ももう満足してしまっていたので、

結局は地下に礼拝堂があるといううたい文句にひっかかり、聖アナニア教会へ入ってた。

だが、今度の教会は素晴らしかった!

などと到底言えるはずもなく、

失望が若干増幅した形で宿に帰ることとなった。





宿は寂しい路地裏にあり、夜になると少し怖さを感じるくらいな所。

大都市なだけに、路地裏に潜む危険も恐らく多いだろう。

こういう失望が続いたような日には、あまりふらふらせずに宿でゆっくり休もう。

そう思いながら路地裏を歩いていた。





そんな時、薄暗い路地裏を向かいから歩いて来る男がいた。

突発的な出来事だった。

なんと、その男とは、あのマサ。

エジプトで丸々5日間旅を共にしたあのマサである。

この大都市の路地裏でこんな奇跡の再会があることを誰が想像しただろうか?

喜びもひとしおだった。





出会う前から意気投合することが決まっていたような僕ら2人は、

再会を祝して夕飯を共にした。

もちろん、エジプトで散々食べたチキンの丸焼きを。

そして、明日からの旅を共にすることも約束した。

心強く、楽しい仲間を再び得て、明日からの旅が実に楽しみだ。
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by mitsuhi-low | 2008-06-26 23:10 | ☆★海外旅行☆★

18. ダマスカスの善きおじいさん


2008年2月29日 シリア2日目


f0065556_21443927.jpg一昨日アンマンで別れを告げた澤田さんと、約束通りダマスカスで再会した。

イスラムの休息日という、開店している店の方が少ないという悪条件の中、

昼食から始まる"ダマスカス食べ歩き&買い物ツアー"を決行した。





f0065556_21504558.jpgこの日、主に動いていたエリアが、旧市街と呼ばれる地域だったのだが、

実はこの旧市街自体が世界遺産に登録されている世界でも稀に見る古都市。

そんな歴史ある都市にもかかわらず、

アイスクリーム、ドーナツ、チュロス風揚げパン、不思議なジュース、etc...

さらには、散々食べ歩いたのにもかかわらず、

夕食で再び肉を喰らって食後のデザートまでも。

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帰国後の今、思い返してみると、恐らく一番食べた日であったと思う。





だが、この日が楽しかったのは食べ歩きだけによるものではなかったと思う。

やはりアラビア語が流暢な澤田さんがいたおかげで、前回のように多くの現地人と接触することができたことも大きな理由だと僕は思っている。





一人では決して出来なかったであろう、"ハマム(アラブ風呂)"での歓迎。

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すべての工程を見せてくれた砂細工職人の素晴らしい技術。

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兄弟揃って仲良く遊んでいた現地の子供たち。

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これらの人々との出会いは、僕の旅の内容を大いに充実させてくれた。

そんな中、最も思い入れが深い出会いだったのは、このおじいさん。

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木箱を主に扱うお店の店主なのだが、

典型的に観光客慣れしたシリア人のように、お店に入っただけでしつこく付き纏うこともせず、

ニコニコと笑顔をくれたのだ。

しかも、同様の商品を扱う他のお店と比べて、値段もはるかに良心的。

僕は旅の途中にもかかわらず、このお店で大きなサイズのお土産を買ってしまった。





年を取ってからの顔を見れば、その人の過ごしてきた人生がおおよそわかる、と聞いたことがある。

初めて会ったのに、相手に安心感を与えるおじいさんの顔つきは、彼の長い人生がずっと善きものだったことを物語っているのだろう。

このおじいさんの年になるには、恐らくあと50年程であろうか。

僕も年を取ってから、そういう顔になるような人生を歩みたいと思った。
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by mitsuhi-low | 2008-06-23 22:50 | ☆★海外旅行☆★

17. 最悪な一日の幕開けと最高な一日の締めくくり


2008年2月28日 シリア1日目


世界でも有数のオンボロ鉄道として名高いヒジャーズ鉄道。

ヨルダンの首都:アンマンと、シリアの首都:ダマスカス間、約200kmを結ぶ路線。

週にたった2本しか走っていないレアなこの鉄道が運行する日に、幸運にも移動日が重なった。

基本的に僕は鉄道移動が好きなので、喜んで早朝6時半に起床して、8時発の列車に乗るべく駅へ向かった。

しかし、今思えばこれが今日一日の悲劇の幕開けだった。

その詳細は、


①鉄道が故障し、まさかの緊急運行中止(前述してはいるが週に2本しか運行しない列車)

②バスターミナルにあわてて向かうも、ダマスカス行きのバスはすでに出発

③仕方なしに乗り合いタクシーでの国境越えを決意

④距離が半分しかないボスラで下車する意を伝えるも、ダマスカスと同料金だとキレられる

⑤運転手とモメた末に、ボスラまであと30kmの荒野で降ろされる(シリア入国後)

⑥シリア通貨に両替できる場所が見つからず、ヒッチハイク4回乗り継ぎで何とかボスラへ

⑦ボスラで唯一の両替所が臨時休業

⑧ボスラ遺跡で最も有名なローマ劇場には金がないという理由で入れず

⑨ダマスカスまでのバス代60SP(≒150円)すらない

⑩レストランのオーナーに懇願し、300円と100SPを交換してもらう

⑪何とかダマスカスに到着


事件に事件が重なり、ろくに食べ物すら食べなかった一日を過ごしていたせいか、僕の顔は赤の他人から見てもよっぽどひどいものになっていたのであろう。

想像以上に大都会だったダマスカスのバスターミナルでの移動方法がわからず途方にくれていると、1人のシリア人が近寄ってきてお菓子をくれた。

さらには、目的地に向かうバス代まで出してくれたのだ。

お金がないなどということは一言も発してなかったのに、自然と顔から伝わったのか。

とにかく、最悪な1日であったが、親切なシリア人のおかげで、今日という1日が何だかすばらしいものにも思えてきた。

こういう良い人の出会いが、旅を良い方向に向かわせてくれるだろうから・・・

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ちなみにこの写真はボスラの写真。

最悪な1日でも、観光はしっかり楽しむのが自分流。

明日は良い一日になるといいが・・・
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by mitsuhi-low | 2008-06-14 16:13 | ☆★海外旅行☆★

16. 死海体験と言葉の架け橋


2008年2月27日 ヨルダン4日目


一昨日、同じ宿で出会ったアラビア語が話せる澤田さんと一緒に、死海方面へ向かった。

まず最初に訪れたのは、べサニー(バプティズム・サイト)。

イエス・キリストがヨハネから洗礼を受けたとされている場所である。





とは言っても、洗礼を受けた場所や教会を見てもキリスト教には無縁の僕にとってはそれほどの感動もなく、

せいぜい綺麗な教会だなーとかその程度の感動しか持てなかったが、

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最も面白かったのは、

わずか川幅3m程のヨルダン川を挟み、対岸にあるのはイスラエルが実効支配するパレスチナ自治区があるということ。

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対岸に見えるイスラエルの国旗をうらやましくも眺めつつ、とりあえず記念にということでヨルダン川で自分の手を洗っておいた。





そして、次に向かったのは、ヨルダンで一番の楽しみにしていたと言っても過言ではないだろう、死海。

この寒い時期、観光客も見あたらない状況下で誰がなんと言おうと行きたかった場所。

昔、人間の体が浮く死海という海があるという話を聞いたときから、

疑い深い僕は、実体験しなければ気がすまない気持ちになっていたからだ。





もちろん、本当に浮くかどうか体を張ってみた。

ぬめぬめする死海の水に足を踏み入れ、少しずつ全身を入水させてみる。

体を反転させてみる。





すると・・・・・

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浮いた!!!

自分の意思も無視され浮かぶ、この超絶不思議体験。

体験した者だけにしかわからないであろう、この超絶不思議体験。

この感覚にすっかり虜になってしまった僕は、もはや体が水に沈む感覚の方が理解できないであろう。





こんな感じで死海付近を観光したのが実に楽しかったのだが、

これもアラビア語を自由に使える澤田さんの存在が大きかったからだと思う。

昨日からすっかりはまってしまったヒッチハイクもよりすんなりと成功したし、

街のパン工房や食堂の子供との交流もいつもより多く出来て、

現地の言葉が話せるとここまで旅の楽しさの幅が広がるものかと実感することが出来た。





その夜、シリアのダマスカスに向かう彼女を見送り、その足でキング・アフメッド・モスクを見た。

ごくごく普通の、ヨルダン風のモスクなのだが、いつもより綺麗に見えたきがしないでもない。

これもアラブの文化にどんどんはまっている証拠なのか?

そんな気持ちの架け橋を作ることに大いに影響を与えてくれた彼女に、本当に感謝したい。

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by mitsuhi-low | 2008-06-13 22:13 | ☆★海外旅行☆★

15. 砂漠の中心でアラブ人とヒッチハイク


2008年2月26日 ヨルダン3日目


アンマンから200kmほど東部へ行くと、アズラックという町がある。

隣国であるイラクやサウジアラビアの経由地として栄えた都市であり、この周辺には砂漠の中にいくつかの城が点在する。

首都であるアンマン市内は特に見るところもなく、

昨日の食べ歩きついでに少々の観光を済ませたことで満足してしまったので、

今日はこの地域にスポットを当てて、まず初めにアズラック城へと向かうことにしたのだ。





アズラックへの道は、砂漠の中を走るハイウェイが主に2つある。

ザルカという町を経由する北ルートと、そうでない南ルート。

しかし、公共交通機関に関しては行く方法が2通りあるということではないのだ。

公共交通機関、といってもバスしかないのだが、

バスを利用して行くには、少し遠回りなザルカ経由の北ルートしか存在しない。

しかも、4本も乗り継いでやっとたどり着くという悲惨な状況。

ただ乗っているだけのバスとは言えども、ここまでアクセスが悪いと一疲れ出てしまうものである。





f0065556_1826402.jpgそんなこんなで苦労の末にたどり着いたアズラック城であったが、

規模が小さく崩壊も激しく、

特に感動することもなく30分ほどで見学が終わってしまった。





さて、どうしよう。

すでに途方に暮れてしまった。

当初はこのアズラック城の見学だけで再びアンマンに帰る予定であった。

でも、この有様。

僕の中の勿体無いオバケが囁く。


「南ルート上にあるアムラ城へ行けよー。」


アムラ城は、実は世界遺産。

しかし、何故かそこに行くための公共交通機関というものは存在しない。

それならば、苦労して見に行くこと自体に高価値がありそうだ。

僕は瞬時にオバケの囁きに屈してしまった。





さて、行くと心に決めたまでは良いが、問題は行き方。

砂漠のハイウェイのど真ん中で、滅多に止まらないタクシーを捕まえようものなら恐らく法外な運賃を請求されることだろう。

どうしよう。。。

やはり無理なのか。。。





そんな悩みが頭の中をぐるぐる回っていたその時、

偶然にもヒッチハイクを試みようとしているアラブ人たちを発見した。

そうか!

この方法があったか!

よくよく考えてみれば、これほどアクセスが不便なところだったら恐らくヒッチハイカーなど珍しくもないのだろう、

と、彼らに便乗する形で僕もヒッチハイクを試みることにしてみた。





開始15分。

初めて手を挙げてから8台目。

見事に大型トラックを捕まえることができた。

運転手は、ちょっと強面のヒゲ面のオヤジ。

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狭い車内に、一緒にヒッチハイクをしたアラブ人共々なんと6人が乗り込んだ。

この狭い密室空間に、非常に濃い顔5人、薄い顔1人。

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世にも奇妙な光景を狭空間に閉じ込めた大型トラックが、ハイテンションで砂漠を走り抜る。

かなり距離はあったはずなのだが、気がつけばトラックはアムラ城まで到着していた。





f0065556_18493885.jpg心優しいトラック運転手に礼を告げ、

名残惜しくもトラックの走り去る後姿を見届け、

1人寂しくアムラ城へ向かった。





で、そのアムラ城はというと。

苦心の末にたどり着いた割には・・・

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まぁ、楽しかったからすべて良しとしよう。





さて、さらなる問題はここからのアンマンまでの帰り道、約70km。

しかし、今の僕にはもはや恐れるものなどない。

たった1回ですっかり虜になってしまったアラブ流ヒッチハイクを、今度は1人で試みることに。

2回目という慣れのせいかどうかはわからないが、今回は3台目でワゴン車を捕まえることができた。





やはりこの運転手もとてもいい人で、

70kmという長旅にもかかわらず快く旅人を受け入れてくれた。

どこから来たんだ?

何しに来たんだ?

矢継ぎ早に出てくる質問の数々は、見知らぬ東洋人に対する興味で溢れていたが、

翻弄に世話好きで人に優しい人だった。





初めて試みてから1日に二回もやってしまったヒッチハイク。

やってみないとわからない、

イメージとしてはあまり良い顔をされない方法と思いがちだが、

思い切ってやってみることでアラブ人の気前のよさや優しさを真に感じたような気がした。

これから先ももしかしたら・・・

すでに僕はヒッチハイクにヤミツキである。
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by mitsuhi-low | 2008-06-07 19:03 | ☆★海外旅行☆★

14. アラビア語学習意欲


2008年2月26日 ヨルダン2日目


ぺトラのあるワディ・ムーサから北上すること約200km。

ヨルダンの首都:アンマンにやってきた。





長い間旅していたエジプトと比べ、ヨルダンに入国してから急に寒さを感じるようになったのだが、アンマンは特に寒かった。

快晴の青空しか拝むことができなかったここ2週間からは想像もつかない寒さ。

ただ寒いのみならず、着いて早々氷が降るという驚きの洗礼を受け、

雨宿りならぬ氷宿りをしていたら、市内観光をする気力がすっかり萎えてしまった。





こういう日には食べるのが一番と、急遽テーマを"食"に変更した。

その模様を、写真を織り交ぜてみなさんに紹介したいと思う。





まずは、スープとご飯。

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素朴で質素な感じで、パンが無料でついてくるセット。

これで1JD(≒180円)。





次は、野菜スーク(市場)。

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地元民が愛する必需品を揃えるための場所。

威勢の良い声が飛び交う。





最後に、ファラーフェル、ホンモス、ポテトのセット。

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1,55JD(≒279円)で、中東定番のこの食事。

基本的には全て豆で出来ている。





こんな感じで、エジプトより基本的な物価は高いものの、比較的易しい味がするものが多く、食べやすいというのが率直な感想であった。

これからのヨルダンでの生活も、食の面ではそう困ることはないであろう。

そうは言っても食べ物に関しては何にでも適応できるのだが。。。





"食"の一日に満足し、宿に帰ると、澤田さんという日本人の女の子がいた。

その澤田さんが、ホテルの従業員とアラビア語で会話していたので驚いて聞いてみると、

大学でアラビア語を専攻しているのだそうだ。

専攻しているだけでなかなか日常会話が成り立つものではないので、相当努力したのだろう。

大学で専門分野を全く身につけることの出来なかった僕はすっかり感心してしまった。





彼女にあったおかげで、せめてこの旅の間だけでももっとアラビア語を覚えようという意欲が沸いてきた。

今までもそうであったように、僕の成長要因は他人との出会いが大きな軸となっているようだ。

よし、今から勉強し、明日早速実践に生かしてみよう。
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by mitsuhi-low | 2008-06-02 02:19 | ☆★海外旅行☆★