持ち前の運の良さと要領のよさで数々の困難をヌメリヌメリとかいくぐる社会人。このブログを見てくれたすべての人にありがとう☆★コメントを残していただければ幸いです!(パスワードは適当な半角数字でOKです)


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小石川植物園


先週の土曜日のことになるが、小石川植物園に行ってきた。

その名は聞いたことはあったのだが、実は東京大学の施設の一部で、

正式名称は「東京大学大学院理学系研究科付属植物園」で、通称「小石川植物園」だということは初めて知った。





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この施設の敷地内には、「総合研究博物館小石川分館」というところがあった。

旧東京医学校本館で、国の重要文化財に指定されている建物らしいが、

中に入ってみると意外と面白い、無料で入れる簡易博物館。

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無料なのはもちろんのこと、都心の大きな博物館のように行列を作って人の流れに身をまかせながら鑑賞する窮屈さもなくて、

博物館が好きな僕にとっては思わぬ収穫となった。





初秋の頃ということで、花もなく、緑もないさみしい季節ではあったが、

ほのかに色づき始めた木々の葉の美しさは十分に見ることができたし、

ちょっぴりいい気分になれた土曜日の昼下がりだった。
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by mitsuhi-low | 2009-10-30 03:03 | Photograph

投稿写真の掲載


f0065556_22591557.jpg自分の写真が雑誌に載った初デビューから2カ月。

例のPHaT PHOTOの次号が発売された。

隔月発売だから待ち遠しさはとても大きい。

しかも、7月末に締め切りがあったのが10月の後半に発売になるのだから、

投稿してからおよそ3カ月は待たなければならないのだ。

今回発売される分の投稿写真は自分でもあまり自信はなかったのだけれど、

それでも発売日は待ち遠しかった。

前回同様、メンバーで「PHaT PHOTOのページを1枚ずつめくる会」も開催した。





1枚ずつめくるページは程よい緊張感で溢れていて、

自分の作品が載っているかどうかが気になるというより、

そんな緊張感を楽しんでいる自分がいた。

本当に写真が好きなんだなとふと思った。

そして結果は・・・





載っていました。

メンバーのAzusaの写真が。

自分は載っていなかったものの、

graficoのメンバーの写真が載っているだけで心から嬉しいと思えた。

とてもいいメンバーに恵まれたのだなと改めて思った。





これで2号連続でgraficoのメンバーの投稿写真が掲載されることになり、ますますチームとして加速してきた気がする。

メンバーの写真が必ず載るよう、良い活動ができていけたらとも思った。

※今回掲載されたAzusaの写真が見たい方はこちらへ↓
『graficoのHP』
What's Newまたはgarally1のAzusa's garallyで見れる、火の粉が飛んでいる写真です。
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by mitsuhi-low | 2009-10-22 23:08 | Photograph

神保町ブックハント


春以来、およそ5か月ぶりくらいに神保町に行った。

目的はもちろんブックハント。

読書の秋に僕の伴侶となるべき本たちを探す、一種の婚活のようなものである。





日曜日の神保町へ初めて行ってみてわかったことなのだが、

日曜日を定休日とする古本屋さんが非常に多いこと。

しかし、一部開店しているお店を巡るだけでも時間が足りないくらいで、

改めて神保町の古本屋さんの多さを実感した。





およそ4時間ほどをハンティングに費やした結果、

今日の収穫は7冊。

いや、7人。

これだけの伴侶がいれば、しばらくは秋の夜長も事足りそうだ。

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by mitsuhi-low | 2009-10-18 23:42 | Diary

旅の総括


2009年9月29日 ベトナム8日目→帰国


昨日の悪夢のような日は自分だけではなかったようだった。

電車で隣になったフィンランド人のお姉さんも、僕と同じ状況。

ホーチミンからダナンへ向かう時に1度列車を使い、その時にもう2度と使わないと心の決めたそうなのだが、

生憎の台風で飛行機がキャンセル、皮肉にも乗らないと心に決めた列車に乗ることになったのだそうだ。

天候に左右される悪夢は確かに自分だけではないなと思いながら、列車は朝5時半にホーチミンへと到着した。





帰国のフライト時間は今夜11時40分。

丸々1日はここで遊べるものの、さすがにホーチミンは行き尽くした感がある。

地図を開いて行ったことのないようなところを探してみると・・・

あった。

街の端のほうにある動物園が僕の目に止まった。





ということで、今回の旅の総括は動物園にて。

多少強引だが、昨日の疲れを表現するにはもしかしたらちょうどいいかもしれない。





4つの世界遺産を見て、いい出会いもあって、最高の滑り出しだったこの旅。

そんな時に起きた昨日のハプニング。

学生の頃のような長旅ならばそこから挽回できる出来事があったろうが、

それができなく終わってしまった今回の旅。

旅特有の好不調の波の下がった時に集結してしまう旅の短さへの無念さ、

波を上げるために旅程を延長することもできないはかなさ。

それでも、旅の楽しさは満喫できたし、一時は危ぶまれた帰国も無事かなったので、

やれやれという気持ちからこの写真で締めることにする。

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またそのうち旅に出ます。

今回もずっと読んでくれた方ありがとうございました。

ではまた!
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by mitsuhi-low | 2009-10-13 01:04 | ☆★海外旅行☆★

ハプニングは突然やってくる


2009年9月28日 ベトナム7日目


ハプニングは突然やってくるからハプニングなのである。

当然のことなのだが、やはり心の準備ができていない時にやってくるのは恐ろしいということを今日改めて感じた。





まずはホイアンからダナンへ行くバスの中でのこと。

およそ1時間ほどの距離で、7000ドン(=35円)で行けると事前に聞いていた。

しかし、バスに乗り込み運賃係が要求した金額は40000ドン(=200円)だった。

僕は腹が立って抗議をしたが、運賃係は周囲の乗客を指さし、"same"という。

証拠を見せるようにとジェスチャーを交えながら訴えると、運賃係は乗客にこそこそとベトナム語で話しかけ、その直後に40000ドンを僕に見せつけるようにして受け取った。

だいたいろくに英語もできない運賃係が"same"だけしっかり覚えているのはこの手の手口に慣れているからとしか思えなかったが、

ほかの乗客が払った所を見せられては、僕には払う以外にしか方法はなかった。





その後、バスがダナンへと進むにつれて乗客はどんどん増えていったが、運賃係は僕の隣に決してほかの乗客を座らせなかった。

新たな乗客との運賃のやり取りは、僕に背を向け決して見えないようにやりとりをしていた。

日本円にしたら35円が200円になっただけの話なのだが、

周囲の乗客をも巻き込むやり口はひどい背徳行為のように思え無性に腹が立ってきたので、絶対に尻尾をつかんでやろうと思っていた。

そんな思いもあり、運賃係を睨みつけていると気づけば車内に重い空気が流れだしていた。





そんな空気を察したのか、しばらくすると最初に運賃係に40000ドンを渡した乗客(←前の席に座っていた)が僕のほうを振り返り、こっそりと2ドル札を差し出した。

僕は受け取るのを断ったが、彼は申し訳なさそうな顔をしながら"sorry"と"welcome"の二言だけを発した。

僕はやっぱり2ドル札を受け取ることにした。

彼の表情と片言英語の二言からすべてを察したような気がした。

悪い人もいるが、彼のような気の良い人もいて、すべてを包括したベトナムという国への歓迎の意味も込めていたのだと思った。

運賃係の背徳行為の尻尾をつかもうという気持など既に失せていた。





バスは終点に到着した。

外国人旅行者から金をふんだくった癖に、その相手からの1時間近くに及ぶ監視の目に腹を立てたのか、

運賃係は最初に僕が告げた目的地を過ぎても僕には何も告げなかったようで、

郊外の程遠いバスターミナルまで来てしまった。

バスターミナルから目的地に戻るため、

今度は人のよさそうな運賃係のいるバスに狙って乗り、なんとかたどり着くことができた。





しかし、本当の悲劇はここから始まった。

今日来るべきだった目的地とは、ダナンにあるベトナム空港のオフィス。

それは、ダナンからホーチミンまでの国内航空券を購入するためである。

オフィスに向かい、さっそく航空券を買おうとカウンターに行くと、

「生憎本日と明日のフライトはすべてキャンセルになっております。」

とのこと。

朝からやたら風が強いと思っていたら、どうやら台風のようだったらしい。

冷静に考えて、これは相当なピンチなのである。





実は明日夜ホーチミンから日本へと帰国する。

ダナンからホーチミンへの空路が閉ざされたとなると、15,6時間かかる陸路で移動する他ない。

時間を逆算すると、明日無事帰国便に乗るためには、今日中に鉄道かバスに乗らなければならないのだ。

ちなみに、鉄道は1日3,4本しか運行していない。

兎にも角にも悩んでいる時間すらないので、とりあえずは歩いて15分ほどのところにある鉄道の駅まで走ることに。

途中激しい雨は降りだすし、朝から今のところいいことは1つもない。





鉄道の駅に着くと、大荷物を抱えた欧米人の行列にさらに胸騒ぎが加速する。

とにかく窓口へ向かい、列車の空き状況を尋ねる。

「生憎本日はすべての席が埋まっております。」

やっぱり。

この欧米人の行列はキャンセルされたフライトからなだれ込んできたものだった。

どうしよう。

このままでは日本に帰れない。

一瞬それでもいいか脳裏をかすめる気持ちはあったものの、入社1年半での解雇は少しみっともないと思いとどまる。

あとは郊外にあるバスターミナルまで行くしかないか・・・。

しかし、外のバケツをひっくり返したような雨に動く気も失せて来た。





そしておよそ20分が経過した。

突然、窓口のおじさんが僕を読んだ。

「空席が出たぞ!」

あり得ないタイミングのよさ。

今まさにバスターミナルへと向かおうとしていたところでのキャンセルチケットの舞い込み。

これで、ホーチミン、そして日本へと無事帰国できそうだ。





舞い込んできたチケットは、なかなかすごい所であった。

もちろん寝台なんていいものではなく、普通のシート。

斜め前の天井からは雨がダダ漏れ、10分に1回のゴキブリの登場。

チケットが手に入ったことは幸運で、贅沢は言っていられないがこんな状況で15,6時間も耐えれるだろうか?

だが、今日1日の疲れだろうか、僕本来の持ち合わせている無神経さゆえか、

日が落ちるとともに深い眠りに落ちていた。
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by mitsuhi-low | 2009-10-10 14:04 | ☆★海外旅行☆★

ミーソンへの思い入れとホイアンの昼の顔


2009年9月27日 ベトナム6日目


ちょうど1年くらい前のこと。

趣味が行き過ぎるととりあえず検定を受けてしまうという僕の例の悪い癖により、

世界遺産検定2級なるものを受験した。

試験直前がドイツ旅行と重なるという不運もあり、

楽しい旅行の移動時間に分厚いテキストを眺めていたことはよく覚えている。





そんな悲しい記憶がほとんどであるものの、唯一といっていいほど鮮明に覚えている内容があった。

それは参考書の練習問題にあった、

「ベトナムのミーソン遺跡は何教であるか?」

という問い。

回答方式は4択であったのだが、

「ベトナムにヒンズー教はあり得ないやろ」

という浅はかな考えから真っ先に除外したそれが正解だったという何とも痛々しい思い出だ。





要するに僕が言いたいことは、それだけミーソン遺跡には思い入れがあること。

思い入れがあるのなら、実際に行ってみるしかない。

百聞は一見に如かず。

少々、というか、だいぶ強引な話のもっていき方だとは自覚しているが、

こうでもしないとミーソン遺跡がここで紹介できない。

ということで今日行ってきた。

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f0065556_011474.jpgミーソン遺跡はチャンパ王国の聖地だった所で、四方を山に囲まれた盆地の中央にある。

自然に囲まれ野鳥もさえずる穏やかな場所。

しかし、自然崩壊のみならず、

ベトナム戦争時には解放軍が基地として使用し、それを目標にしたアメリカ軍が空爆したため崩壊の侵攻はひどいものであった。

ここでも戦争で失った大きなものを目の当たりにした。

今後戦争により失ってしまう人類の歴史的遺産はどれくらいあるのだろうか?

もしかしたら、自分が今まで見て来たものの中にもそういうものがあるかもしれない。

そんなことは決してないと明言できるような世界になってくれることを切に思う。





f0065556_061588.jpgミーソン遺跡を見学した後は、昼過ぎに再びホイアンへと戻った。

昨日は夜のホイアンしか見れなかったので、昼の街の顔が楽しみでもあった。

思っていた通り、昼と夜では全然違うもの。

穏やかでいて、ほどよく活気があり、そして美しい景色をも持ち合わせた街だった。

笛売りのおばあちゃんたち。
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渡し船のおじいちゃん。
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長い間この街で暮らしてきただろう老人も多かった。

居心地のよい街である証拠だろうと勝手に解釈し、

僕ももう少しここにいたいと思ってしまった。
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by mitsuhi-low | 2009-10-08 00:12 | ☆★海外旅行☆★

ホイアンの夜


2009年9月26日 ベトナム5日目


f0065556_2322838.jpg午前中、気に入った街:フエが名残惜しく阮朝王宮を眺めながらしばらく座り込んでいた。

気温が上がってきたら、川辺の木陰でジュースを飲む。

ゆったりとした川の流れを見て、行き交う人々を観察する。

お気に入りの本をめくってみる。

ただそれだけでも時間が過ぎるのは思っている以上に早く、

気がつけば時計の針は12の位置で重なっていた。

さて、出発の時間。

ここからは、4時間かけてのバス移動で、次なる街:ホイアンへと向かう。

ホイアンもフエ同様、残されている古い町並みが世界遺産に登録されている古都。

バスで4時間で繋ぐ世界遺産のハシゴ。

ロマンのある1日に、なんだかとっても贅沢な気持ちになってきた。





真昼間のバス移動は今回初めてだったので、

エアコンの効きの悪い車内に照りつける太陽は体力的にもきついものはあったが、

途中で寄った休憩所で近くに見えた湖のほうへ足を運んでみると、はっとするような景色が広がっていた。
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もっと写真で伝えられたら・・・

もどかしい気持ちは帰国してから増幅する。





そんなこんなしているうちに、夕暮れ時になってホイアンに到着。

かつて中継貿易都市として栄えたこの街は、16~17世紀ごろにはタイのアユタヤ、フィリピンのマニラと並んで日本人町が作られていたそうだ。

その名残もあり、観光の名所となっている来遠橋は、別名:日本橋とも呼ばれている。

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月夜に照らされる橋の入り口はとても美しく、思わず長い間見とれてしまった。

街全体としては、日本と言うよりもどこか中国を思わせる雰囲気があり、

店頭に並んでいるちょうちんやベトナム独特のバイクの騒音が少ないことが、

薄暗い夜道でも安心感を与えてくれる。





f0065556_23363662.jpgそんなに夜の居心地の良い街なら・・・

と、勝手な理由づけをし、今日もビールを飲まずにはいられなかった。

333(バーバーバー)ビールを片手に、日本の伊勢うどんがルーツで日本人が伝えたとも言われるホイアン名物のカオ・ラウをおいしくいただき、今日も満足しした旅の1日を締めくくることとなった。
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by mitsuhi-low | 2009-10-06 23:40 | ☆★海外旅行☆★

寝台列車を経て古都フエへ


2009年9月25日 ベトナム4日目


f0065556_0344089.jpg昨夜、この旅初の寝台列車に乗った。

海外では、日本人が思っている以上に鉄道インフラの整備は進んでいない国が多いので、

寝台列車に乗れるのは、行き先の国、移動距離、タイミングなど、様々な条件が揃わなければ、

僕のような自由旅行であってもなかなか乗れるものではない。

だからこそ今回は自身久々に寝台列車に乗れるということで、非常に楽しみにしていた。

そして、その期待を裏切らないドラマが待っていた。





乗車した2等席は、1部屋に3段ベッドが向かい合った定員6名の非常に狭い部屋。

購入したチケットは3段ベッドの1番上のはずであったが、チケットの番号を見るとどう見ても1番したにしか見えない。

しかも、僕が使うべき番号のベッドには、すでにトドのようなおばちゃんがすでに寝転がって占領していた。

"おばちゃんに逆らってはいけない"のは世界共通だというのは僕が今までの旅の中で最も学んだことでもあるので、

控えめに声をかけてみると不審者が来たの如く見られ、向かい側の違う番号のベッドを指さし、おまえはそこだと決めつけられた。

ここで逆らっても痛い目に遭うのは目に見えているので、

仕方なしに寝転がってみて数分後。

上方から落ちてきた未開封の2リットルのペットボトルがこめかみに直撃した。

犯人は僕の上のベッドに寝転んでいた、トドのおばちゃんの息子だった。

これにはさすがにムッときたが、必死に謝っている様相を見たら、何も言えなくなってしまった。





もう寝るしかないと思い、目をつぶって数分後。

強引に足を持ち上げられ、ベッドの端に寄せられるという驚きの出来事が。

信じられない思いで足元を見てみると、トドのおばちゃんの友人であろうか、

セイウチのようなおばちゃんが僕のベッドに腰掛けて井戸端会議を始めていた。





もうどうにでもなれ。

目をつぶる以外に何もすることができなかったのでそうしていると、

昼間の疲れのせいかいつの間にか深い眠りに落ちていた。





そして気づけば朝。

極めつけはここから。

トイレに行って帰ってくるまでのほんの数分の出来事。

部屋に戻った僕のベッドにはトドのおばちゃんの旦那さんが座り込み、

トドのおばちゃんとの楽しい朝食会が開かれていた。

僕が戻ってきても平然と食事を続ける。

終わった後、僕の枕はパンかすだらけだった。





正直ここまで来ると笑えてくる。

ベトナムの現地の人が利用する寝台列車はこういう感じなのだ、

とわかったことは大きい。

自分の海外での寝台列車の歴史の中でも、ダントツにトップの出来事であることは間違いない。





さて、そんな寝台列車を経て着いた先は古都:フエ。

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ベトナムの京都のような存在で、旧王朝の面影が残る町並みが世界遺産になっている。

それなりの観光地のはずだが、ホーチミンやハロン湾と比べて人々の穏やかさが残っているような気がしてさっそくお気に入りの街となってしまった。

雨季のベトナムにもかかわらず、観光が一通り終わってから雨が降りだすという天の味方もあり、

旅が良い方向へ向かっていることを確信する。

夜には雨はあがりの蒸すような気温と湿度の中今日もまた1人でビールを堪能する。

屋台でビールと食事で200円程度。

こんな生活に慣れてしまったら・・・

毎度のことながら、そろそろ日本に帰るのが怖くなってくる旅の中間でもあった。

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by mitsuhi-low | 2009-10-06 00:42 | ☆★海外旅行☆★

ツアーで見るハロン湾


2009年9月24日 ベトナム3日目


海面から大小2000もの奇岩が突き出し、世界的にも有名な景勝地:ハロン湾。

ハ=降りる、ロン=龍を意味しているそうだ。

その昔、外敵の侵攻に悩まされていた時に龍の親子が降り立ち、

敵を打ち破る宝玉を吹き出して、それが奇岩になったという伝説があるらしい。

真偽のほどは定かではないが、確かな美しさを持つ奇岩群は、

1994年に世界遺産に登録されている。

このハロン湾にはハノイのホテルからひの日帰りツアーに参加した。

自力で行くのにはかなり厳しいようで、コストも余分にかかるという話を聞いたからだ。





ハロン湾に到着してまず驚いたことは、観光地化の進行が想像以上のものであったこと。

たくさんのツアーバスに加え、港からの乗船待ちは欧米人を中心とし、まるでディズニーランドのアトラクション待ちのようである。

ベトナムきっての景勝地と呼ばれるこの地を静かに見たかった僕にとっては少々残念なことでもあった。
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f0065556_042366.jpgツアーの内容は、乗船してから降船するまで4時間、主要な奇岩を見る周遊コース。

闘鶏など、どう見ても当てつけにしか見えなかったが、

奇岩群の迫力には何に見えるか?なんて無意味なもの。

深いエメラルドグリーンの海から突出する奇岩を眺めながら、

時々気が向いたようにシャッターを押す時間を過ごすだけで僕には十分だった。

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僕が乗っていた船には約30人くらいの観光客がいて、そのうち10人近くが日本人であった。

この風景を見るのにあんまり言葉を必要としなかったので、

1人気ままに船頭に座って写真を撮っていたら、1人のベトナム人らしき女の子に声をかけられた。

「あなたはカメラマンですか?」

と。





「はい!」

と答えようと思ったがやめた。

その女の子がとても若く、純粋な目を持っているように見えたからだ。

本当は行ってみたかったのだけれど、嘘をつくのに気がひけて普通の会社員です、と正直に答えた。





彼女の名はダイアンと言った。

やたら英語の発音がきれいだと思ったら、アメリカ人だった。

一緒に来ていた親戚のおじさんがどう見てもベトナム人だったことから、おそらくベトナム系アメリカ人なのだろう。

とても愛嬌があってかわいい子だった。





ダイアンはまだ20歳にもかかわらずベトナム語と英語を両用し、

多国籍のツアーのメンバーのコミュニケーションを円滑にしてくれた上に、

同じ日本人がいながらも1人離れて写真を撮っているカメラマンでもない僕にまで声をかけてくれる気の配りようには本当に頭が下がる思いだった。

いつか日本に行って名古屋の名物料理を食べたいと言っていたので、

もし来るようなことがあれば案内してあげよう。

僕も彼女のようなエネルギッシュさを見習いたい、

そう思えたのだからツアーに参加することもたまには悪くないと思った1日であった。





※最後に、今日撮った写真をいくつか載せる。

ダイアンにカメラマンかと聞かれてから恥ずかしくて彼女に1枚も見せることのできなかった僕の下手な写真を。

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by mitsuhi-low | 2009-10-05 00:28 | ☆★海外旅行☆★

ハノイでの大きな出会い


2009年9月23日 ベトナム2日目


今回のたびの無計画さはいつもに増してのもの。

一度来たことがあるベトナムと言えども、前回はホーチミン周辺のみ。

それにもかかわらず、下調べはほぼ皆無。

念のため、と出発前に成田空港で"地球の歩き方"を購入したものの、

いつも読むはずの飛行機の中ですら読まなかった。

着いてから重い腰を上げてやっと開いてみてびっくり、ベトナムの国土は想像を絶する広さであった。





今回一番行きたい目的地でもあるハノイのほうまでいくためには、陸路ではおよそ36時間。

帰りもまたホーチミンから日本への便が出発するため、ハノイに行っても帰ってこなければならない。

つまりは陸路での往復をするとなると、72時間=3日間の移動時間。

実質8日間しかない旅程の中では、致命的なタイムロスと言えた。

本当は意地でも陸路でいきたいのだが、仕方が無いので2時間でいける飛行機のチケットを買うことに。

社会人の旅というものは出発直後から終わりが見えていて、

その終わりから逆算した旅をしなければならないこと、

そしてそれには時間をお金で買うことに厭わなくなっていることになんとなく嫌気がさした。

そんな自分へのささやかな反抗心を保つために、ワンウェイチケットを購入するに留まった。





そんないきさつを経て、総長にホーチミンを出発し、午前10時には首都ハノイに到着した。

ハノイの空港から市街地のバスターミナルまではすんなりと路線バスで行くことが出来たのだが、

そこから目的とする旧市街まではどうやらまだまだ距離がある模様。

そして、行き方がまったく分からないときた。

何しろ路線が複雑すぎるのだ。

どうしようか地図を眺めながらうろうろしていると、親切にも声をかけてくれた人がいた。

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彼の名はホアン君。

地元の大学に通う21歳の青年だった。





海外に行き、向こうから声をかけてくるケースは"当たり"よりも"はずれ"であるケースのほうがはるかに多い。

日本人はお金を持っているという認識はどうやら世界共通のようで、

お金目当てに声をかけてくる人が後を絶たないからだ。

しかし、僕の経験上、相手が学生と名乗るケースは"当たり"である可能性がはるかに高い。

今回のホアン君も、日本人を相手に慣れている感じが見られない英語のたどたどしさ、

会話の内容にも商業的なニュアンスが全くないこと、

話の流れの中で見せてもらった学生証など、"当たり"である条件が揃っていたからだ。

結局、大学で勉強をしている英語の上達のためという彼の純粋な向学心と、

地元の人にハノイ市内を案内してもらいたいという僕の思惑が一致し、今日半日を付き合ってもらった。





残念ながら、僕の下手な英語では彼の向学心に役には立てなかったとは思うが、

僕は彼からハノイ市内の案内だけでなくベトナム語も教えてもらった。

本当にお世話になり申し訳ないので、ささやかなランチをご馳走し、メールアドレスを交換し、気持ちよくお別れすることが出来た。





国の首都ともなると、ある程度洗練された人々の心に、どこか冷たさを感じることも少なくは無いが、

ここハノイは違う、とホアン君との出会いがそう感じさせてくれた。

街の景色も含め、いい出会いが僕にとってのハノイへの思いを最高にしてくれたと思う。

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by mitsuhi-low | 2009-10-04 01:49 | ☆★海外旅行☆★